ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

日応寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2019年2月9日 (土) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
(差分) ←前の版 | 最新版 (差分) | 次の版→ (差分)
移動: 案内, 検索

日応寺は岡山県岡山市北区日応寺(備前国津高郡)にある日蓮宗寺院。本尊は十界大曼荼羅報恩大師の創建で栄西が修行した旧跡と伝える。山号は勅命山。

歴史

奈良時代、報恩大師が三論宗寺院として創建し、応永山法華経寺と称したと伝える。報恩が創建した大和子島寺の旧仏と伝える不動明王毘沙門天が番神堂に祀られている。

平安時代には天台宗となった。栄西が修行した寺院といわれ、福岡・誓願寺の縁起に栄西が自ら記した「備前州日応山入唐法師栄西」という記述の「日応山」が日応寺に当たると言われ、栄西がいた根拠とされる。

戦国時代、日蓮宗信者であった金川城城主松田氏により改宗される。 (日本歴史地名大系)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%97%A5%E5%BF%9C%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール