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春興殿
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月23日 (土)
春興殿(しゅんこうでん)は平安宮内裏にあった御殿。賢所が祀られていた。京都御所に近代に再建された春興殿がある。
歴史
鎌倉時代末期に賢所が温明殿から春興殿に遷されたという。そのため「温明殿代」とも呼ばれた。
『鳳闕見聞図説』[1]に江戸時代の絵図
幕末に土御門内裏に再建された春興殿が橿原神宮の本殿として移築され、現存する。
現在の社殿は1915年(大正4年)の大正天皇即位礼・大嘗祭の時に再建されたもの。旧春興殿跡に紫宸殿と並列するように真東に建てられた。南面。58坪。南庇、外陣、内陣、内々陣に分かれる。1928年(昭和3年)昭和天皇大礼に際して東に御饌殿、西に宜陽殿を設け、渡廊下で接続、南庭正面に神楽舎、その東に奏楽舎、反対には御羽車舎を設け、左右の幄舎、南門・廻廊も建てられた。ただし、御饌殿以外は大礼後、撤去されたようだ。(昭和大礼要録)