ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

東大寺東照宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2020年4月20日 (月) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
移動: 案内, 検索

東大寺東照宮(とうだいじ・とうしょうぐう)は、奈良東大寺にあった東照宮。明治維新とともに手向山八幡宮に遷座。旧社殿は聖武天皇を祀る天皇殿になった。東大寺関連旧跡も参照。

歴史

江戸時代、東大寺は大仏殿再興に取り掛かるにあたり、幕府の庇護を得るため東照宮を祀ることにした。寺社奉行松平丹後から許可を得て1700年(元禄13年)2月6日に鎮座。これは仮宮だったのか、改めて奈良奉行の主導で12月26日から本格造営に入り、1701年(元禄14年)9月15日、手斧始。同年4月17日に御神体となる画像が描かれた。東大寺別当の勧修寺宮済深法親王の周旋により、明正天皇の旧殿の賢所を移したという。1702年(元禄15年)5月23日に上棟式。26日、庸性を導師に落慶法要を営んだ、善性院客殿を移した宸殿が付属し、宝山寺湛海作の薬師如来聖宝を祀った。1763年(宝暦13年)3月、奥芝町から出火した大火で焼失。維新の時に手向山八幡宮内に遷された。(『東大寺辞典』)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール