ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

栃木県護国神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2021年6月27日 (日) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
(差分) ←前の版 | 最新版 (差分) | 次の版→ (差分)
移動: 案内, 検索
社殿

栃木県護国神社(とちぎけん・ごこくじんじゃ)は、栃木県宇都宮市陽西町にある、県内の戦没者などを祀る招魂社官祭招魂社内務大臣指定護国神社宇都宮招魂社。占領期の名称は彰徳神社

祭神

  • 97柱:(創建時1872年(明治5年)11月4日)

歴史

宇都宮招魂社
宇都宮招魂社
  • 1872年(明治5年)11月4日:旧宇都宮藩知事(最後の藩主)戸田忠友および藩士・有志によって、宇都宮二荒山神社隣地に創建。藩主戸田忠恕および藩士96柱(計97柱)を祀る。(神社ウェブサイト・『靖国神社百年史』)
  • 1875年(明治8年)4月:官祭招魂社となる(神社ウェブサイト)
  • 1876年(明治9年)6月:明治天皇より金幣奉納。栃木行幸?。(神社ウェブサイト)
  • 1877年(明治10年):西南戦争の戦没者を合祀。以後、合祀(『礎』)
  • 1901年(明治34年):「官祭宇都宮招魂社」(神社ウェブサイト)
  • 1918年(大正7年)11月:陸軍特別大演習の際、勅使差遣(神社ウェブサイト)
  • 1939年(昭和14年)4月1日:内務大臣指定の「栃木県護国神社」となる。(神社ウェブサイト)
  • 1940年(昭和15年)4月29日:現在地に遷座。昭和造営。皇紀2600年記念事業でもある(神社ウェブサイト)
  • 1947年(昭和22年)11月14日:「彰徳神社」と改称。(神社ウェブサイト)
  • 1951年(昭和26年)12月8日:栃木県遺族連合会、設立。(神社ウェブサイト)
  • 1952年(昭和27年)4月28日:県戦没者合同慰霊祭臨時大祭斎行(神社ウェブサイト)
  • 1952年(昭和27年):本殿改修。銅板葺にする。(『全国護国神社会二十五年史』)
  • 1953年(昭和28年)4月2日:「栃木県護国神社」に復称。(神社ウェブサイト)
  • 1960年(昭和35年)11月27日:「戦没者合祀概了奉告臨時大祭」。幣帛料下賜。(神社ウェブサイト)
  • 1961年(昭和36年)2月:拝殿改修。銅板に葺き替える。(『全国護国神社会二十五年史』)
  • 1963年(昭和38年)10月:栃木県遺族連合会、神社境内に護国会館を建設。(神社ウェブサイト)
  • 1965年(昭和40年)10月19日:「終戦20周年臨時大祭」。幣帛料下賜。(神社ウェブサイト)
  • 1975年(昭和50年)8月15日:「終戦30周年臨時大祭」。幣帛料下賜。(神社ウェブサイト)
  • 1985年(昭和60年)8月15日:「終戦40周年臨時大祭」。幣帛料下賜。(神社ウェブサイト)
  • 1995年(平成7年)8月15日:「終戦50周年臨時大祭」。幣帛料下賜。(神社ウェブサイト)
  • 1996年(平成8年)7月25日:天皇行幸。天皇の護国神社参拝は15年ぶり(神社ウェブサイト)
  • 2000年(平成12年):遷座60周年として、「栃木県護国神社奉賛会」を設立。(神社ウェブサイト)
  • 2000年(平成12年)8月:千葉・群馬・栃木県護国神社、合同慰霊祭を東部ニューギニアにおいて(初めて?)行う。(神社ウェブサイト)


http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%A0%83%E6%9C%A8%E7%9C%8C%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール