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樫原廃寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年7月2日 (金)
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+ | (『日本歴史地名大系』、『国史大辞典』) | ||
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2021年7月2日 (金) 時点における最新版
樫原廃寺(かたぎはらはいじ)は、山城国葛野郡(京都府京都市西京区樫原内垣外町)にあった古代寺院。跡地は公園になっている。飛鳥時代の創建とみられる。八角塔があったことが特徴で、四天王寺式伽藍配置だったとみられる。
寺跡の存在は戦前から知られていたが、1967年(昭和42年)の発掘調査で八角塔・中門・回廊などの遺構がみつかった。塔の北に金堂があったとみられる。出土瓦などから7世紀中頃の造営とみられ、平安時代初期の8世紀末まで存続したとみられる。 (『日本歴史地名大系』、『国史大辞典』)