ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
河内・来迎寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2017年8月12日 (土) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
来迎寺(らいごうじ)は、大阪府守口市にある浄土教の本山寺院。本尊は天筆如来。元は融通念仏宗佐太派の拠点寺院だったが、現在は浄土宗知恩院派。佐太来迎寺、佐太本山と呼ばれた。聖衆院。山号は紫雲山。(参考:同名寺院来迎寺)
歴史
正平2年(1347)、融通念仏僧の実尊が創建。法明から授けられた天筆如来を祀った。後村上天皇の帰依を受け常紫衣の綸旨などを賜った。 和漢三才図会では開山の名を西願あるいは誠阿とする。
当初は現在の守口市来迎町あたりにあったという。応永3年(1396)から延宝6年(1678)に現在地に移るまで茨田郡大庭荘・大窪荘周辺を26回移転している。これは融通念仏宗の寺院に多くみられる引き道場の制度を取っていたからで、住職が交代すると新住職の屋敷に寺籍が移された。住職の死後一カ月以内に寺を移しているという。
元亀年間に兵火で常紫衣の綸旨を焼失したが、宝永3年(1706)に再び綸旨を賜った。 江戸時代には大念仏宗佐太派本山として61の末寺があったという。
1872年(明治5年)11月、融通念仏宗を改め「浄土宗佐太派」を称すが、12月3日、知恩院の所轄となり、1889年(明治22年)2月3日、神奈川県泉谷寺から檀林号を移し、派名を取り消す(「浄土宗寺院調書」)。 佐太天神宮が隣接する。 (日本歴史地名大系)