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泉涌寺雲龍院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2023年11月2日 (木)
雲龍院(うんりゅういん)は、京都府京都市東山区泉涌寺山内町にある皇室ゆかりの真言宗寺院。本尊は薬師如来。泉涌寺塔頭の筆頭で「泉涌寺別院」とされる。真言宗泉涌寺派別格本山。後光厳天皇分骨所などがある。泉涌寺関連旧跡。
歴史
- 1372年(文中1年/応安5年):聖皐竹巌が後光厳天皇の帰依を受けて創建。
- 不詳:後円融天皇は如法写経を発願し寺領を寄進。
- 1416年(応永23年)9月10日:後小松上皇が御幸し、後光厳天皇と後円融天皇の御影に焼香したと『薩戒記』にある。称光天皇も帰依したという。後山には四天皇の分骨所が設けられたという。
- 1470年(文明2年):兵火で焼失。
- 1502年(文亀2年):後柏原天皇が後土御門天皇使用の黒戸御殿を下賜し再建され、如法殿と称した。
- 江戸時代初頭:如周正専が復興。後水尾上皇の造営費下賜を受けた。
- 1642年(寛永19年):写経のための仏具100点余りを下賜された。以後、たびたび有縁の天皇の国忌に下賜金があった。
- 1843年(天保14年):以後、光格天皇妃や仁孝天皇皇女2人、孝明天皇皇女2人を後山に埋葬して菩提所としての性格を強めた。のち玄関、方丈、勅使門を下賜された。
- 1866年(慶応2年):霊明殿を建立。
- 1869年(明治2年):現存の形に再建された。
(しおり、『日本歴史地名大系』)
伽藍
- 本堂:本尊は薬師三尊。龍華殿と号す。後円融天皇発願の写経道場で、ここでの写経は天皇陵内の供養塔に納めるという。
- 霊明殿:後光厳天皇、後円融天皇、後小松天皇、称光天皇の位牌と後光厳天皇・後円融天皇の坐像を中央に祀る。左には後水尾天皇から孝明天皇までの歴代天皇、右には東福門院や普明照院ら皇族の位牌を祀る。
- 勅使門:本堂の正面にある。
- 石塔:不詳
- 書院:
- 龍華堂:納骨堂
- 雲龍院墓地:
- 後光厳天皇分骨所:雲龍院墓地の最奥にある。
- 妙法経塔:後光厳天皇分骨所内にある。雲龍院で写経した経典を納めるという。