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津軽家の祭祀

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年2月13日 (土)

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===弘前津軽家===
===弘前津軽家===
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豊臣時代に45000石。1601年、表高47000石。1808年、10万石。1884年、伯爵。
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豊臣時代に45000石。1601年(慶長6年)、表高47000石。1808年(文化5年)、10万石。1884年(明治17年)、[[伯爵]]。
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*1津軽為信(1550-1607):大浦為則の婿。実父は武田重信。大浦為信、南部為信とも。津軽地方を統一。近衛家から家紋を拝領する。1603年、弘前城の築城を始める。
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*1津軽為信(1550-1607):大浦為則の婿。実父は武田重信。大浦為信、南部為信とも。津軽地方を統一。近衛家から家紋を拝領する。1603年、弘前城の築城を始める。[[高照神社]]祭神。
*2津軽信枚(1586-1631):津軽為信の三男。青森港を開く。信牧とも。
*2津軽信枚(1586-1631):津軽為信の三男。青森港を開く。信牧とも。
*3津軽信義(1619-1655):津軽信枚の長男。新田・鉱山の開発に努めた。
*3津軽信義(1619-1655):津軽信枚の長男。新田・鉱山の開発に努めた。
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*4津軽信政(1646-1710):津軽信義の長男。治水・新田開発・植林に努めた。『津軽古文書』を編纂。号は養正軒。
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*4津軽信政(1646-1710):津軽家中興。津軽信義の長男。治水・新田開発・植林に努めた。『津軽古文書』を編纂。[[垂加神道]]や[[吉川神道]]を学ぶ。号は養正軒。神号は護国大権現([[輪王寺宮]]より)、高照霊社。([[吉川家]]より)。[[高照神社]]祭神。墓も同神社にある。
*5津軽信寿(1669-1746):津軽信政の次男。『津軽一統志』編纂を命じる。俳人としても活躍。初名は信重。
*5津軽信寿(1669-1746):津軽信政の次男。『津軽一統志』編纂を命じる。俳人としても活躍。初名は信重。
*6津軽信著(1719-1744):津軽信寿の孫。津軽信興の長男。早世。
*6津軽信著(1719-1744):津軽信寿の孫。津軽信興の長男。早世。
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*12津軽承昭(1840-1916):最後の藩主。津軽順承の婿。熊本藩主細川斉護の四男。戊辰戦争で新政府軍として活躍。伯爵。
*12津軽承昭(1840-1916):最後の藩主。津軽順承の婿。熊本藩主細川斉護の四男。戊辰戦争で新政府軍として活躍。伯爵。
*13津軽英麿(1872-1919):津軽承昭の養子。近衛忠房の子。伯爵。ドイツ、スイスに留学。大韓帝国宮内府書記官、式部官、貴族院議員。
*13津軽英麿(1872-1919):津軽承昭の養子。近衛忠房の子。伯爵。ドイツ、スイスに留学。大韓帝国宮内府書記官、式部官、貴族院議員。
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===黒石津軽家===
===黒石津軽家===
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1809年、大名に昇格。子爵。
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1809年、大名に昇格。[[松平家]]の血を継ぐ。子爵。
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*1津軽信英():津軽信枚の次男。本家津軽信義の弟。黒石神明宮を祈願所とした。[[黒石神社]]祭神。墓も同神社にある。
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*1津軽信英(1620-1662):津軽信枚の次男。母は[[徳川家康]]の姪の満天姫。本家津軽信義の弟。黒石神明宮を祈願所とした。[[黒石神社]]祭神。墓も同神社にある。
*2津軽信敏():津軽信英の子。
*2津軽信敏():津軽信英の子。
*3津軽政兕():津軽信敏の子。妻は吉良義央の娘で赤穂事件以降は釣り三昧で過ごした。津軽信房、津軽信全、津軽采女正とも。
*3津軽政兕():津軽信敏の子。妻は吉良義央の娘で赤穂事件以降は釣り三昧で過ごした。津軽信房、津軽信全、津軽采女正とも。
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*10津軽承保(1821-1851):津軽親足の次男。
*10津軽承保(1821-1851):津軽親足の次男。
*11津軽承叙(1840-1903):最後の藩主。津軽承保の養子。津軽順朝(津軽信枚三男の末裔)の次男。戊辰戦争では新政府軍に付く。子爵。貴族院議員。
*11津軽承叙(1840-1903):最後の藩主。津軽承保の養子。津軽順朝(津軽信枚三男の末裔)の次男。戊辰戦争では新政府軍に付く。子爵。貴族院議員。
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*12津軽類橘():
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*13津軽益男():
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*14津軽承捷():
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*15津軽承公():黒石神社宮司。
==菩提寺==
==菩提寺==
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*革秀寺:青森県弘前市藤代。津軽為信墓で霊廟がある。曹洞宗。
*長勝寺:青森県弘前市西茂森。津軽家霊廟がある。曹洞宗。
*長勝寺:青森県弘前市西茂森。津軽家霊廟がある。曹洞宗。
*藤先寺:青森県弘前市西茂森。曹洞宗。
*藤先寺:青森県弘前市西茂森。曹洞宗。
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*本行寺:青森県弘前市新寺町。日蓮宗。津軽為信が創建。僧録。
*本行寺:青森県弘前市新寺町。日蓮宗。津軽為信が創建。僧録。
*蘭庭院:青森県弘前市西茂森。曹洞宗。津軽為信の姉の菩提寺。
*蘭庭院:青森県弘前市西茂森。曹洞宗。津軽為信の姉の菩提寺。
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==霊社==
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*[[高照神社]]
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*[[黒石神社]]
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*[[種里八幡宮]]
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*[[戸建沢神社]]:祭神の藤原頼秀は一説に津軽家の祖。
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*稲荷神社:青森県西津軽郡木造町大湯町。祭神は津軽信政。大湯彦右衛門という者が彫った神像を祀る。

2021年2月13日 (土) 時点における最新版

津軽家は陸奥国津軽郡を支配した大名家。源氏または藤原氏。弘前藩主。外様大名。

目次

歴代

前身

  • 金沢家光():
  • 金沢家信():
  • 大浦光信(1460-1526):種里城主。種里八幡宮祭神。菩提寺は曹洞宗弘前長勝寺。種里城跡に大浦光信墓がある。種里八幡宮や曹洞宗弘前海蔵寺を創建。南部光信とも。法号は功樹院殿長勝寺隆栄大居士。
  • 大浦盛信():大浦城主。曹洞宗弘前長勝寺を創建。南部盛信とも。法号は大浦院殿鎮山源流大居士。
  • 大浦政信(?-1541):大浦城主。近衛尚通の庶子という伝承がある。母は大浦光信の娘。曹洞宗弘前天津院を創建。法号は天津先公大禅定門。
  • 大浦為則():大浦城主。1560年、岩木山神社の山頂の祠を再建。

弘前津軽家

豊臣時代に45000石。1601年(慶長6年)、表高47000石。1808年(文化5年)、10万石。1884年(明治17年)、伯爵

  • 1津軽為信(1550-1607):大浦為則の婿。実父は武田重信。大浦為信、南部為信とも。津軽地方を統一。近衛家から家紋を拝領する。1603年、弘前城の築城を始める。高照神社祭神。
  • 2津軽信枚(1586-1631):津軽為信の三男。青森港を開く。信牧とも。
  • 3津軽信義(1619-1655):津軽信枚の長男。新田・鉱山の開発に努めた。
  • 4津軽信政(1646-1710):津軽家中興。津軽信義の長男。治水・新田開発・植林に努めた。『津軽古文書』を編纂。垂加神道吉川神道を学ぶ。号は養正軒。神号は護国大権現(輪王寺宮より)、高照霊社。(吉川家より)。高照神社祭神。墓も同神社にある。
  • 5津軽信寿(1669-1746):津軽信政の次男。『津軽一統志』編纂を命じる。俳人としても活躍。初名は信重。
  • 6津軽信著(1719-1744):津軽信寿の孫。津軽信興の長男。早世。
  • 7津軽信寧(1739-1784):津軽信著の長男。俳諧を嗜む。
  • 8津軽信明(1762-1791):津軽信寧の長男。天明の大飢饉で武士の帰農を奨励。
  • 9津軽寧親(1765-1833):黒石津軽家津軽著高の長男。本家を継ぐ。新田開発に尽力。藩校稽古館を設置。蝦夷地警備が財政を逼迫。
  • 10津軽信順(1800-1862):津軽寧親の子。藩政に関心が薄く幕府から咎められ、1839年隠居。
  • 11津軽順承(1800-1865):三河吉田藩主松平信明の三男。黒石津軽家を継いだ後、1839年、本家を継承する。財政を再建し、西洋式兵学を導入。初名は順徳。
  • 12津軽承昭(1840-1916):最後の藩主。津軽順承の婿。熊本藩主細川斉護の四男。戊辰戦争で新政府軍として活躍。伯爵。
  • 13津軽英麿(1872-1919):津軽承昭の養子。近衛忠房の子。伯爵。ドイツ、スイスに留学。大韓帝国宮内府書記官、式部官、貴族院議員。

黒石津軽家

1809年、大名に昇格。松平家の血を継ぐ。子爵。

  • 1津軽信英(1620-1662):津軽信枚の次男。母は徳川家康の姪の満天姫。本家津軽信義の弟。黒石神明宮を祈願所とした。黒石神社祭神。墓も同神社にある。
  • 2津軽信敏():津軽信英の子。
  • 3津軽政兕():津軽信敏の子。妻は吉良義央の娘で赤穂事件以降は釣り三昧で過ごした。津軽信房、津軽信全、津軽采女正とも。
  • 4津軽寿世():津軽政兕の養子。
  • 5津軽著高():津軽寿世の子。
  • 6津軽寧親(1765-1833):津軽著高の長男。本家を継ぐ。
  • 7津軽典暁():津軽寧親の子。
  • 8津軽親足(1780-1849):津軽典暁の養子。久留里藩主黒田直亨の四男。大名に昇格。黒石藩初代藩主。歌学所を設置。加藤千蔭、日野資枝に学ぶ。
  • 9津軽順承(1800-1865):津軽親足の養子。本家を継ぐ。
  • 10津軽承保(1821-1851):津軽親足の次男。
  • 11津軽承叙(1840-1903):最後の藩主。津軽承保の養子。津軽順朝(津軽信枚三男の末裔)の次男。戊辰戦争では新政府軍に付く。子爵。貴族院議員。
  • 12津軽類橘():
  • 13津軽益男():
  • 14津軽承捷():
  • 15津軽承公():黒石神社宮司。

菩提寺

  • 革秀寺:青森県弘前市藤代。津軽為信墓で霊廟がある。曹洞宗。
  • 長勝寺:青森県弘前市西茂森。津軽家霊廟がある。曹洞宗。
  • 藤先寺:青森県弘前市西茂森。曹洞宗。
  • 寛永寺津粱院:東京都台東区。天台宗。
  • 報恩寺:青森県弘前市新寺町。津軽信義の菩提寺。歴代の墓地。天台宗。天台宗僧録。
  • 保福寺:青森県黒石市乙徳兵衛町。黒石津軽家の菩提寺。曹洞宗。
  • 本行寺:青森県弘前市新寺町。日蓮宗。津軽為信が創建。僧録。
  • 蘭庭院:青森県弘前市西茂森。曹洞宗。津軽為信の姉の菩提寺。

霊社

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%B4%A5%E8%BB%BD%E5%AE%B6%E3%81%AE%E7%A5%AD%E7%A5%80」より作成

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