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熊野三山
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年6月23日 (日)
熊野三山(くまの・さんざん)は、紀伊国(和歌山県・三重県)の山地に広がる、熊野信仰の発祥地・中心地の霊場。吉野山とともに修験道の根本道場で、社寺が混在する日本を代表する神仏習合の巡礼地。式内熊野本宮大社・大斎原がある熊野本宮、式内熊野速玉大社・神倉山がある熊野新宮、熊野那智大社・青岸渡寺・那智の滝がある那智山の3所の霊場から構成される。古くはイザナミの埋葬、八咫烏が導いた神武天皇東征の伝承がある建国神話の旧跡とされ、イザナミはスサノオなどとともに熊野大神としても信仰される。仏教では、阿弥陀如来、観音菩薩、薬師如来などが熊野権現の本地仏とされ、極楽浄土、補陀落山、瑠璃光浄土とみなされた。一遍が時宗を開いた地でもある。天照大神の聖地伊勢とも交渉があった。
中世には、上皇・貴族から庶民まで多くの人々が参詣し、日本を代表する巡礼地となった。全国の山岳霊場などに広まった御師(おし)制度の発祥地とも考えられている。参詣道沿いには、分社あるいは御子神・眷属神を祀る熊野王子が建てられた。
目次 |
系譜
中心となる三社
熊野本宮
- 若王子
- 児宮
- 子守宮
- 禅師宮
- 聖宮
- 八百万神社(満山社):2007年(平成19年)再建。
- 地主権現社
- 八咫烏神社:大斎原の石祠に合祀。
- 音無天神社:大斎原の石祠に合祀。
- 高倉下神社:大斎原の石祠に合祀。
- 海神社:大斎原の石祠に合祀。
- 四社明神
- 御戸開社
- 素盞鳴社
- 祓所社
- 笈掛石
- 礼殿
- 赤井水神社
- 大日社
- 発心門王子社
- 伏拝王子
- 祓殿王子:石祠がある
- 湯峯王子
- 東光寺:湯峯王子の別当
- 一遍上人爪書名号碑
- 猪ノ鼻王子
- 一遍上人神勅名号碑
- 真名井社
- 産田社
- 備崎経塚
熊野新宮
- 熊野速玉大社結宮
- 熊野速玉大社速玉宮
- 熊野速玉大社上三殿
- 熊野速玉大社八社殿
- 奥御前三神殿
- 新宮神社
- 恵比寿神社
- 熊野稲荷神社
- 手力男神社
- 八咫烏神社
- 阿須賀神社
- 徐福墓
- 新宮庵主:飯道寺梅本院が兼務した。聖護院門跡門主の入峰の際の宿所となった。現在の庵主池付近にあった。梅本庵主。
- 金剛院:三宝院門跡の宿所になった。
- 宗応寺:和歌山県新宮市千穂。熊野速玉大社神宮寺。叡尊旧跡。現在は曹洞宗。
- 本広寺:和歌山県新宮市新宮。新宮周防守行栄の屋敷跡。日蓮宗
- 瑞泉寺:和歌山県新宮市新宮。浄土宗。
- 無量寿寺:和歌山県新宮市新宮。臨済宗妙心寺派。
- 熊野別当屋敷跡:和歌山県新宮市新宮。
- 成林寺:和歌山県新宮市相筋。臨済宗妙心寺派。新宮で最も古い寺という。
- 有峰寺:和歌山県新宮市新宮。熊野速玉大社神宮寺。如法堂、如法堂経塚がある。
- 如法堂経塚
- 神倉山経塚
- 庵主池経塚:社務所付近
- 礫石経塚:本殿の裏側。
- 八咫烏社:阿須賀神社に合祀。
- 宮戸社:阿須賀神社に合祀。
- 王子神社:阿須賀神社に合祀されたが復した。
- 高倉社
- 牛鼻社
- 御船島
- 今神倉社(荒祭宮)
- 鍵宮
- 谷子守社
- 渡御前社
- 小阿須賀社
- 妙見社
- 天満社
- 火神社
- 八幡宮
- 太上宮
- 鳥坂子守社
- 石神社
- 矢倉明神社
- 奥御前
- 浮島の森
- 杉ノ仮宮:御旅所
- 熊野七上綱
那智山
那智山も参照。那智の滝を中心に熊野那智大社と青岸渡寺などがある。
- 熊野那智大社第一殿:滝宮:祭神は大己貴神。那智の滝を御神体とする飛瀧神社の祭神。
- 熊野那智大社第二殿:証誠殿:祭神は家都御子神で素盞嗚尊と同一視される。
- 熊野那智大社第三殿:中御前:祭神は御子速玉神で伊弉諾尊と同一視される。
- 熊野那智大社第四殿:西御前:祭神は熊野夫須美神で伊弉冉尊と同一視される。熊野那智大社の主祭神。他の本殿より大きい。
- 熊野那智大社第五殿:若宮:祭神は天照大神。
- 熊野那智大社第六殿:八社殿:祭神は天神地祇八神。
- 如意輪堂:青岸渡寺の本堂。1581年、兵火で焼失。1590年、豊臣秀吉が再建。熊野地方の現存最古の建造物という。2019年、修復。
- 大黒堂:大黒天など七福神を祀る。如法堂とも。光明堂を1924年に移築した。
- 仁王門:1933年の造営。仁王像は1213年の湛慶作という。
- 三重塔:本尊は飛瀧権現の本地仏の千手観音。初代の塔は平安時代末に建立。江戸時代に暴風で倒壊。1972年現在地に再建。林屋担養と米良道博の壁画がある。
- 阿弥陀堂:1994年建立。納骨堂。
- 亀山天皇卒塔婆建立地跡
- 那智七本願
- 天台宗那智山三十六坊
- 橋爪坊:安祥坊、寂光院とも。
- 米良氏系
- 実方院:米良氏。熊野那智大社表参道の左手にあった。現在は休憩所の清涼亭がある。那智山西座執行。米良実報院、実法院、十方院、高坊とも。
- 春光坊
- 宝蔵院
- 宝祥房
- 金龍坊
- 宝隆坊
- 空深坊
- 潮崎氏系
- 尊勝院:潮崎氏。青岸渡寺の下方石段左にある。本尊仏頂如来。那智山東座執行。飛滝神社に奉仕。瀧本聖を統括。現在は青岸渡寺の宿坊。尊勝院岩屋、尊勝堂、少彦名社、稲荷社があった。
- 廊之坊:塩崎氏。補陀洛山寺の裏山にあった。塩崎龍寿院。
- 西仙滝院
- 円乗院
- 実蔵坊
- 明楽坊
- 宝春坊
- 円海院
- 宝寿院
- 宝泉坊
- 宝光坊
- 龍寿院
- 神光坊
- 宝教坊
- 覚寿坊
- 西光明坊
- 観照坊
- 積徳坊
- 那智四十八滝:番号は仮
- 1那智の滝:飛瀧神社。高さ133m。銚子口幅13m、滝壺深さ10m以上。大雲取連山からの流水が流れ落ちる。一の滝ともいう。
- 2曽以の滝(文覚の滝):
- 3波津以の滝:
- 4宇美耶売の滝:
- 5登美褒斯の滝:
- 6二の滝:
- 7三の滝:
- 8致智利の滝:
- 9地津の滝:
- 10中津の滝:
- 11天津の滝:
- 12喜多の滝:
- 13多須伎の滝:
- 14保土乎利の滝:
- 15奈免良の滝:
- 16金山の滝:
- 17弥都波能売の滝:
- 18須曾呂の滝:
- 19句句廼馳の滝:
- 20嘉良須祇の滝:
- 21大日〓の滝:
- 22登磨免の滝:
- 23倍牟の滝:
- 24登〓奇の滝:
- 25多多良の滝:
- 26恵機珥の滝:
- 27珠波留の滝:
- 28阿利計の滝:
- 29都露岐の滝:
- 30可遇突智の滝:
- 31多磨の滝:
- 32伊奈美の滝:
- 33烏瑠奇の滝:
- 34飛都岐の滝:
- 35味廼の滝:
- 36美奈味の滝:
- 37奈可悟の滝:
- 38嗚伺多礼の滝:
- 39夜美の滝:
- 40布利智利の滝:
- 41珠保志の滝:
- 42登美の滝:
- 43美津珂計の滝:
- 44波邇夜須の滝:
- 45摩津宇の滝:
- 46月読の滝:
- 47弖利古の滝:
- 48内陣の滝:
- 那智山経塚:滝宝殿に出土仏がある。
- 山上不動堂
- 花山法皇御籠所
- 滝見寺:那智社家の菩提所。臨済宗。
- 如法道場:妙法山の麓
- 光ケ峯
- 最勝峯
- 妙法山
- 応照火定跡
- 釈迦堂
- 阿弥陀寺
- 教楽院
- 飛瀧神社:祭神は大己貴神。那智の滝を御神体とする。飛瀧権現。熊野那智大社別宮。
- 御滝本祈願所:
- 御県彦社:祭神は八咫烏。
- 烏石:神武天皇を導いた八咫烏が案内を終えて石となって休んでいるという。
- 樟霊社:樟の巨木を祀る。
- 児宮:
- 光ケ峰遥拝石:
- 伏し拝み
- 多富家王子:
- 一野王子:
- 熊野三所大神社:浜宮王子
- 天神社:那智勝浦町天満
- 松音寺
- 海翁寺
- 山成島:補陀落渡海の旧跡。
- 綱切島:補陀落渡海の旧跡。
- 帆立島:補陀落渡海の旧跡。
- 金光坊島:補陀落渡海の旧跡。
- 寂定房
- 宝泉寺
田辺
山地奥深い場所にある熊野三山に対して、遥拝する別宮的な存在として田辺の闘鶏神社が信仰され、熊野別当が分裂した後は、田辺別当の所在地となった。
その他
- 花窟神社:三重県熊野市。イザナミの陵墓。
- 産田神社:三重県熊野市。
- 慶光院清順顕彰碑:三重県熊野市小栗須。慶光院上人の記念碑。
- 慶光院:伊勢市宇治浦田。臨済宗。妙心寺系。熊野の守悦が創建したという。廃絶。伊勢神宮の式年遷宮を復興した。
- 日光神社:和歌山県有田川町。小辺路にある?
熊野街道
京都
組織
熊野三山検校
聖護院門跡が兼職。京都にいた。
- 増誉(1032-1116)<1090->:
- 行尊(1057-1135):園城寺長吏
- 覚宗:園城寺長吏
- 覚讃(1095-1180):園城寺長吏
- 実慶(1117-1207):園城寺長吏。新熊野検校。
- 覚実:園城寺長吏。
- 長厳(?-1228):仁和寺出身。祈祷で後鳥羽上皇の信任を得て那智山検校となる。さらに先例を破って熊野三山検校となる。上皇の熊野御幸の先達を5回務めた。承久の乱で陸奥国配流。(修験道小事典)
- 定豪(1152-1238):鶴岡八幡宮別当。大伝法院座主。東大寺別当。
- 良尊:園城寺長吏。
- (道慶):園城寺長吏。
- 覚仁法親王:園城寺長吏。
- 静仁:園城寺長吏
- 行昭:園城寺長吏
- 道昭(1281-1355):園城寺長吏。新熊野検校。
- 道瑜:園城寺長吏。
- 道昭(1281-1355):再任。
- 覚助法親王:園城寺長吏。聖護院門跡。
- 道昭(1281-1355):再任。
- 良慶(1291-1360):園城寺長吏。
- 良瑜(1330-1397):園城寺長吏。実相院門跡。
- 道意(1354-1429):園城寺長吏。
(『日本仏家人名辞書』)
熊野別当
現地で熊野三山を統括。中世に新宮別当家と田辺別当家に分裂。やがて廃絶。湛増が著名。
- 1快慶
- 2慶覚
- 3覚胤
- 4快円
- 5慶玄
- 6長仁
- 7増慶
- 8増皇
- 9殊勝
- 10泰敬
- 11快真
- 12永尊
- 13覚真
- 14宗賢
- 15長快(1037-1122):白河上皇の熊野御幸の先達を務めた。世襲の始まり。長懐とも。
- 16長範
- 17長兼
- 18湛慶(田辺)
- 19行範
- 20範智
- 21湛増(田辺):弁慶の父という伝説がある。
- 22行快
- 23範命
- 24湛政(田辺)
- 25琳快
- 26快命
- 27湛真(田辺)
- 28尋快
- 29定湛(田辺)
- 30静快
- 31正湛(田辺):弘安10年(1284)還俗。
(宮家準『熊野信仰』)
新熊野検校
新熊野神社#組織を参照。
新熊野別当
新熊野神社#組織を参照。
熊野三山奉行
乗々院が務める
長床執行
- 相澄()<1137->:相泉坊
- 行宗()<1170->:五流尊瀧院。1170年(嘉応2年)長床執行。1187年(文治3年)、後白河法皇の病気平癒の功績により少僧都になったという。(「熊野長床宿老五流」、『両峰問答秘抄』)
- 顕秀