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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

猛島神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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猛島神社(たけしま・じんじゃ)は長崎県島原市宮の町(肥前国高来郡)にある神社。祭神は五十猛命大屋津姫命抓津姫命県社森岳大明神鷹島大権現猛島大明神

歴史

1618年(元和4年)、松倉重政が森岳に鎮座していた森岳大明神を海辺の鷹島に遷座し、鷹島大権現と改称した。1625年(寛永2年)現在地に遷座。1669年(寛文9年)、入封した松平忠房は祭神を五十猛命とし、1675年(延宝3年)に社殿を造営。猛島大明神と改称し、島原城下の鎮守とした。1792年(寛政4年)の島原大変(眉山の山体崩壊)で社殿は消失。翌年、松平忠馮が神輿を寄進して復興を祈願した。1872年(明治5年)猛島神社と改称。1938年(昭和13年)8月県社。(日本歴史地名大系ほか)

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