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琉球・円覚寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
琉球・円覚寺
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'''円覚寺'''(えんがくじ)は、琉球王国の[[首里城]](沖縄県那覇市首里当蔵町)にあった[[臨済宗]]寺院。本尊は[[釈迦如来]]・[[文殊菩薩]]・[[普賢菩薩]]。[[第二尚氏]]王統の菩提寺で、宗廟があった。首里城久慶門の北に位置した。廃絶。京都[[妙心寺]]末。琉球臨済宗の拠点だったという。[[琉球・天王寺|天王寺]]・[[琉球・天界寺|天界寺]]と共に首里王府の三大寺と呼ばれた。山号は天徳山。(参考 同名寺院[[円覚寺]]) == 歴史 == 1492年、尚真王が尚円王の菩提寺として創建。開山は[[京都]][[南禅寺]]僧の芥隠承琥(?-1495)。 山門・仏殿・法堂・方丈・厨庫・僧房・浴室・荒神堂などが建てられた。 1494年、国王の位牌を祀る御照堂を建立。その後、鐘楼、経蔵などが整えられた。 1588年、1652年、1689年、1697年に修復された。本土の僧侶または中国の僧侶が住した。 最初は[[京都五山]]との関係が深かったが、[[応燈関派]]に移った。[[大徳寺]]末となり、やがて[[妙心寺]]末となった。 沖縄戦で焼失。昭和43年に総門と放生橋が復元された。 (国史大辞典) == 伽藍 == *仏殿:本尊は釈迦・文殊・普賢。他に左奥に[[三宝大荒神]]と[[韋駄天|三州護法韋駄天]]、右奥に大帝大権修利菩薩・掌簿判官・感応使者を祀っていた。普賢菩薩の乗っていた「白象」が現存。 *法堂: *方丈:虚空蔵菩薩像を祀る。龍淵殿、大殿という。1721年焼失。同年再建。本尊の左右に先王七世の位牌を祀った。 *総門:仁王門。 *山門:楼上に観音と十六羅漢を祀った。 *厨庫: *僧房: *浴室: *荒神堂: *放生池:放生橋が架かる。 *[[宗廟_(琉球王国)|宗廟]]:1494年建立。御照堂とも呼ばれた。1571年、狭隘になったので新棟を西側に建立。上御照堂と下御照堂と呼ばれ、上御照堂に1尚円王・3尚真王・4尚清王、下御照堂には5尚元王・6尚永王・7尚寧王の位牌を祀った(2尚宣威王は傍系に当たるので祀られなかったか?)。1728年、大殿を宗廟に変更し、上御照堂は仏堂にして獅子窟と称し、下御照堂には僧を住まわせた。 *獅子窟: *庫裏:香積厨 *鐘楼: *経蔵: *石冷泉:井戸。 *円覚禅寺記碑: *国王頌徳碑: ==末寺== 『琉球国由来記』によると以下の末寺があった。 *[[崇元寺]]:沖縄県那覇市泊。 *祥雲寺:沖縄県宮古島市。 *桃林寺:沖縄県石垣市 *照太寺:沖縄県国頭郡伊江村。 *西来院: *長寿寺: *広巌寺: *東禅寺: *[[清泰寺]]:沖縄県那覇市久米。廃絶。蔡氏門中の菩提寺で、一族の宗廟の忠尽堂があった。 *興禅寺:円覚寺の隠居寺。 *報恩寺: *樹昌院: *来光院: *福寿院: *紫雲軒: (日本歴史地名大系) [[Category:沖縄県]]
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