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白峰寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
白峰寺
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[[File:白峰寺_(14).jpg|thumb|400px|本堂]] '''白峰寺'''(しろみねじ)は、香川県坂出市青海町(讃岐国阿野郡)にある[[崇徳天皇]]ゆかりの[[真言宗]]寺院。[[四国八十八所霊場]]第81番札所。[[崇徳天皇陵]]が隣接する。本尊は[[千手観音]]。[[真言宗御室派]]。別格本山。'''洞林院'''。'''白峯寺'''。山号は綾松山。 近くに[[青海神社]]、[[讃岐・高家神社]]、[[白峰宮]]、[[鼓岡神社]]などがある。 ==歴史== [[File:崇徳天皇陵 (6).jpg|thumb|400px|崇徳天皇陵]] [[File:白峰寺頓証殿_(14).jpg|thumb|400px|崇徳天皇を祀る頓証寺殿。陵墓に隣接する]] [[File:白峰寺_(2).jpg|thumb|400px|御成門]] 815年(弘仁6年)、[[空海]]が白峰山に登り、如意宝珠を埋め、閼伽井を掘ったという。 860年(貞観2年)10月、瀬戸海に流木が出現し、光明を放ち香りをただよわせた。讃岐国司は唐から帰国して[[讃岐・金倉寺]]にいた[[円珍]]に調べさせたところ、円珍はこの山で白髪の翁に遭った。翁の正体は地主神で、神託をなし、円珍は流木を彫って千手観音を祀った。 1156年(保元1年)、保元の乱に敗れた崇徳天皇は讃岐に配流となり、1164年(長寛2年)8月26日に鼓岡の木丸御所で崩御した。遺詔により白峰山の稚児嶽で火葬し陵墓を築いた。 1166年(仁安1年)[[西行]]が陵墓を参詣した。平時忠も参詣した。 崇徳院はたびたび霊異を示したので歴代の天皇武家が崇敬した。1191年(建久2年)、崇徳院近臣の章実が木丸御所を陵墓に移築して法華三昧堂(霊廟)とし、崇徳院御影画像を祀ったという。『玉葉』1191年(建久2年)閏12月14日条によると、[[後白河上皇]]の病気平癒祈願のため、崇徳上皇と[[安徳天皇]]の没地に堂宇を建て菩提を弔うように命じられている。また[[後嵯峨天皇]]の勅願で千手院堂を建立したとされる。 1278年(弘安1年)十三重石塔建立。1324年(正中1年)十三重石塔建立。 1267年(文永4年)銘の石灯籠や1321年(元亨1年)銘の下乗石もある。 1374年(文中3年/応安7年)細川頼之が崇徳院御影堂法楽和歌を奉納。以後、法楽和歌の奉納がたびたび行われるようになる。 1382年(弘和2年/永徳2年)落雷で焼失。 1387年(元中4年/嘉慶1年)細川頼之が[[白牛寺]]の本尊を迎えて再興した。 1414年(応永21年)12月21日、細川満元の請願、足利義持の執奏で[[後小松天皇]]は霊廟に「頓証寺」の号を贈り、勅額を奉納した。 1586年(天正14年)、仙石秀久が寺領100石を寄進。翌年生駒近規は50石を寄進した。 1680年(延宝8年)、藩主松平頼重が現在の頓証寺殿を再建。 1599年(慶長4年)現在の本堂再建 1811年(文化8年)現在の大師堂再建。 1868年(明治1年)8月25日、崇徳院霊廟の御霊代である御影を京都[[白峰神宮]]に迎えるため、[[明治天皇]]の勅使が参向。付属の霊宝類も持ち帰る予定だったが、白峰寺住職はこれに抗して遺愛の笙以外は残された。 しかし1873年(明治6年)10月、住職が還俗して陵墓の陵掌となり、寺は無住となった。 1875年(明治8年)4月、堂塔の撤去を申請するまでに至った。 1877年(明治10年)3月、[[金刀比羅宮]]は、霊廟を改め神社とし、金刀比羅宮の摂社とすることを内務省に請願。翌年3月に許可され、4月に霊廟は金刀比羅宮境外摂社の[[白峰神社]]となった。そして霊宝が金刀比羅宮に引き渡された。地元はこれを憂い、1898年(明治31年)9月、霊廟は白峰寺に返還された。白峰神社の神霊は金刀比羅宮境内に遷座し、新たに社殿が建てられた。 ==境内== *本堂:本尊は千手観音。愛染明王と馬頭観音を脇侍とする。現在の堂宇は1599年(慶長4年)に生駒近親が再建。 *大師堂:本尊は空海。稚児大師と青面金剛を脇侍とする。現在の堂宇は1811年(文化8年)に松平頼儀が再建。 *瑜祇塔:本堂の脇にある。 *善女龍王社: *地蔵堂: *九社明神?: *阿弥陀堂:本尊は阿弥陀三尊 *行者堂:本尊は役小角 *薬師堂:本尊は薬師如来と金剛界大日如来・胎蔵界大日如来。 *回向堂:納骨堂を兼ねる *鐘楼堂: *[[崇徳天皇陵]]:皇室治定。地元では白峰御陵(白峯御陵)と呼ばれている。 *[[頓証寺殿]]:1680年(延宝8年)、藩主松平頼重が再建。 **崇徳天皇御廟 **観音堂 **相模坊大権現 *崇徳天皇陵遥拝所:拝殿の傍にある。 *勅願門: *西行像:小さな石像 *弁財天 *護摩堂 *本坊 *客殿 *稲荷 *十三重石塔:1278年(弘安1年)建立。源頼朝が崇徳上皇の供養のために建てたという。 *十三重石塔:1324年(正中1年)建立。 <Gallery widths="200" heights="150" perrow="3"> File:白峰寺_(1).jpg| File:白峰寺_(3).jpg| File:白峰寺_(4).jpg| File:白峰寺_(5).jpg| File:白峰寺_(6).jpg| File:白峰寺_(19).jpg| File:白峰寺_(20).jpg| File:白峰寺_(21).jpg| File:白峰寺_(22).jpg| File:白峰寺_(8).jpg| File:白峰寺_(9).jpg| File:白峰寺_(10).jpg| File:白峰寺_(11).jpg| File:白峰寺_(12).jpg| File:白峰寺_(13).jpg| File:白峰寺_(15).jpg| File:白峰寺_(16).jpg| File:白峰寺_(17).jpg| File:白峰寺_(18).jpg| File:白峰寺_(23).jpg| </Gallery> <Gallery widths="200" heights="150" perrow="3"> File:白峰寺頓証殿_(1).jpg| File:白峰寺頓証殿_(2).jpg| File:白峰寺頓証殿_(22).jpg| File:白峰寺頓証殿_(21).jpg| File:白峰寺頓証殿_(3).jpg| File:白峰寺頓証殿_(4).jpg| File:白峰寺頓証殿_(5).jpg| File:白峰寺頓証殿_(6).jpg| File:白峰寺頓証殿_(7).jpg| File:白峰寺頓証殿_(8).jpg| File:白峰寺頓証殿_(9).jpg| File:白峰寺頓証殿_(10).jpg| File:白峰寺頓証殿_(11).jpg| File:白峰寺頓証殿_(12).jpg| File:白峰寺頓証殿_(13).jpg| File:白峰寺頓証殿_(14).jpg| File:白峰寺頓証殿_(15).jpg| File:白峰寺頓証殿_(16).jpg| File:白峰寺頓証殿_(17).jpg| File:白峰寺頓証殿_(20).jpg| File:白峰寺頓証殿_(23).jpg| File:白峰寺頓証殿_(24).jpg| File:白峰寺頓証殿_(25).jpg| </Gallery> [[Category:香川県]]
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