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紀氏旧跡
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
紀氏旧跡
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'''紀氏'''は[[古代氏族]]。現代まで[[国造|紀伊国造]]及び[[日前神宮]]・[[国懸神宮]]の宮司職を世襲する一族と、[[武内宿禰]]を祖とし古代の朝廷で活躍した一族の二系統があり、ここでは後者を中心に扱う。二系統には婚姻関係があり、武内宿禰生母の影媛は、紀伊国造6代宇遅比古命の娘とも、妹ともいう。 末裔に[[石清水八幡宮]]社家の田中家・善法寺家(菊大路家)、[[津島神社]]社家の氷室家、[[高良大社]]社僧の丹波家、同社家の宗崎家、[[香椎宮]]社家の武内家、[[鷹尾神社]]社家の鷹尾家、[[鹿児島神宮]]執印家、[[枚聞神社]]社家紀氏、宇都宮氏の配下で[[宇都宮二荒山神社]]に奉仕した紀氏(紀清両党の一。末裔に益子家など)などがある。[[忌宮神社]]社家の武内家も紀氏か。[[八幡信仰]]とゆかり深い国東半島にも古来、紀氏が多かった。 ==一覧== *[[平群坐紀氏神社]]: *[[紀寺]]: *[[粟井神社]]:香川県観音寺市。県社。 *[[梅田神社]]:京都府。村社。 ==人物== *[[武内宿禰]](): *紀橡姫(?-709):[[光仁天皇]]の生母。771年(宝亀2年)か翌年に皇太后を贈られた。 *真済(800-860):[[空海]]の弟子。[[神護寺]]別当。東寺長者。 *紀静子(?-866):[[惟喬親王]]の生母。 *[[行教]](生没年不詳):[[石清水八幡宮]]を創建。 *安宗(813-887):行教の甥。石清水八幡宮神宮寺の護国寺の初代別当。山城極楽寺の本願主。 *益信(827-906):行教の弟。[[鹿ケ谷・円成寺]]を創建。東寺長者。石清水八幡宮検校。宇多上皇の師。諡号は本覚大師。 *康済(828-899):天台宗の僧。光定・円珍に学ぶ。天台座主。園城寺長吏。 *紀友則(851?-905):『古今和歌集』選者。三十六歌仙の一人。 *寛印(生没年不詳):天台宗の僧。良源・源信に師事。 *[[紀貫之]](868?-945):薩摩の伊集院家の祖。 *観修(945-1008):天台宗の僧。勧修。園城寺長吏。藤原道長の帰依を得た。解脱寺、浄妙寺を創建。 *[[重源]](1121-1206):東大寺大勧進。 *孤山至遠(1278-1366):臨済宗の僧。無本覚心の法嗣。興国寺、建仁寺住職。諡号は広照禅師。 *紀正泰(?-1349):南北朝時代の武将。[[津島神社]]と関連。四條畷で戦死。 *小中村清矩(1821-1895):国学者。小中村家は石清水八幡宮の紀氏の系統という。東京大学教授。『古事類苑』編纂委員長。
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