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茜社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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外宮の勾玉池のほとりにある。この地は古くは赤畝と呼ばれていたことから、「赤畝社」、「赤舟明神」などと呼ばれ、のち「茜根社」「茜社」と呼ばれるようになった。『小祠拾』では宮域にあることから摂社の跡なのではないかという見方を示している。
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祭神は不詳で、天牟羅雲命という説がある(現在は天牟羅雲命を祭神とする)。
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|style="background-color:#ededed;width:100px;"|概要
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|度会氏の祖神を祀る神社。山田の産土神社の一つ。
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|style="background-color:#ededed"|奉斎
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|天牟羅雲命など
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|style="background-color:#ededed"|所在地
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|三重県伊勢市豊川町274
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|style="background-color:#ededed"|所在地(旧国郡)
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|伊勢国度会郡
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|style="background-color:#ededed"|所属(現在)
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|神社本庁
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|style="background-color:#ededed"|格式など
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|村社
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|style="background-color:#ededed"|関連記事
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*[[伊勢神宮関連旧跡]]
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34.486297, 136.707273, 茜社
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[[category:個別記事]]
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[[category:三重県]]
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==概要==
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度会氏の祖神を祀る神社。外宮の勾玉池のほとりにある。この地は古くは赤畝と呼ばれていたことから、「赤畝社」、「赤舟明神」などと呼ばれ、のち「茜根社」「茜社」と呼ばれるようになった。『小祠拾』では宮域にあることから摂社の跡なのではないかという見方を示している。
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祭神は不詳で、度会氏の祖の天牟羅雲命という説がある(現在はこの説を採る)。
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石壇のみだったのを文化文政時代に社殿を造営。明治4年11月2日、村社となる。明治42年2月、近隣の神社2社を合祀。境内に岩窟があり、茜稲荷、または豊川明神などと称す。近年は本社より茜稲荷が目立つようになってきている。
石壇のみだったのを文化文政時代に社殿を造営。明治4年11月2日、村社となる。明治42年2月、近隣の神社2社を合祀。境内に岩窟があり、茜稲荷、または豊川明神などと称す。近年は本社より茜稲荷が目立つようになってきている。
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==画像==
 
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==参考文献==
 
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*『宇治山田市史』
 
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==脚注==
 
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2012年12月14日 (金) 時点における版

外宮の勾玉池のほとりにある。この地は古くは赤畝と呼ばれていたことから、「赤畝社」、「赤舟明神」などと呼ばれ、のち「茜根社」「茜社」と呼ばれるようになった。『小祠拾』では宮域にあることから摂社の跡なのではないかという見方を示している。 祭神は不詳で、天牟羅雲命という説がある(現在は天牟羅雲命を祭神とする)。

石壇のみだったのを文化文政時代に社殿を造営。明治4年11月2日、村社となる。明治42年2月、近隣の神社2社を合祀。境内に岩窟があり、茜稲荷、または豊川明神などと称す。近年は本社より茜稲荷が目立つようになってきている。

http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%8C%9C%E7%A4%BE」より作成

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