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観音正寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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+ | [[聖徳太子]]の創建と伝える。山頂周辺には磐座があり、聖地としての起源と推定される。 | ||
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+ | 中世、六角氏の庇護を受けた。観音寺城の拡大で山麓の観音谷に移転。中世末、伽藍焼亡するが、要因と年代は諸説ある。慶長11年(1606)、山上に戻る。正保年間、本堂再建。寺領178石を領した。明治15年、本堂再建。 | ||
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+ | 山麓に石寺や桑実寺がある。 | ||
+ | (日本歴史地名大系) | ||
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2017年10月3日 (火) 時点における版
観音正寺(かんのんしょうじ)は、滋賀県近江八幡市安土町にある観音信仰の天台宗寺院。天台宗単立。西国三十三所観音霊場第32番札所。本尊は、千手千眼観世音菩薩。光厳天皇、花園天皇、後伏見天皇の行宮。山号は繖山。(参考:同名寺院観音寺)
歴史
聖徳太子の創建と伝える。山頂周辺には磐座があり、聖地としての起源と推定される。
後宇多法皇や後醍醐天皇ら、天皇や貴族がたびたび祈願している。
正慶2年(1333)、六波羅探題北条仲時が光厳天皇を奉じて京都を脱出。観音正寺を「一夜の皇居」としたという。 中世、六角氏の庇護を受けた。観音寺城の拡大で山麓の観音谷に移転。中世末、伽藍焼亡するが、要因と年代は諸説ある。慶長11年(1606)、山上に戻る。正保年間、本堂再建。寺領178石を領した。明治15年、本堂再建。
山麓に石寺や桑実寺がある。 (日本歴史地名大系)