ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

近江・瑞龍寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
(?住職)
5行: 5行:
== 組織 ==
== 組織 ==
===住職===
===住職===
-
*1日秀(?-1625)<>:[[豊臣秀吉]]の姉。豊臣秀次の生母。1625年(寛永2年)4月24日死去。瑞龍寺と号す。
+
{|class="wikitable"
-
*2日怡(生没年不詳)<>:瑞円院。
+
|+
-
*3日通女王(?-1665)<>:瑞照院。伏見宮貞建親王王女。九条輔嗣猶子。1665年(寛文5年)死去。
+
!style="width:5%;"|世数
-
*日顕(?-1690)<>:瑞源院。1690年(元禄3年)7月2日死去。
+
!style="width:10%;"|法諱
-
*日義(?-1691)<>:瑞法院。1691年(元禄4年)4月6日死去。
+
!style="width:10%;"|号
-
*4日寿
+
!style="width:10%;"|字
-
*5日慈(?-1716)<>:瑞応院。鷹司政平の娘。1716年(享保1年)4月6日死去。
+
!style="width:10%;"|生没年
-
*日照女王(?-1778)<>:常孝院。有栖川宮家出身。音仁親王の王女。九条尚実猶子。1778年(安永7年)7月21日死去。
+
!style="width:10%;"|在職年
-
*日尊女王(1807-1868)<>:伏見宮貞敬親王王女。
+
!style="width:40%;"|略歴
-
*村雨日栄()<>:伏見宮邦家親王王女。
+
|-
-
*九条日浄(1896-1962)<-1957->:近江八幡への移転を実施。(「尼門跡の言語生活からみた女房詞の研究」)
+
|1
-
*小笠原日英(1914-1988)<>:
+
|日秀
-
*小笠原日凰(1914-2002)<>:女優の桜緋紗子。
+
|瑞龍寺殿
 +
|
 +
|1834-1625
 +
|
 +
|豊臣秀吉の姉。豊臣秀次の生母。1625年(寛永2年)4月24日死去。92歳。
 +
|-
 +
|2
 +
|日怡
 +
|瑞円院
 +
|
 +
|1625-1664
 +
|1641-1664
 +
|1641年(寛永18年)7月23日就任。1664年(寛文4年)2月3日死去。40歳。
 +
|-
 +
|3
 +
|日通女王
 +
|瑞照院
 +
|
 +
|1653-1672
 +
|1664-1672
 +
|伏見宮貞建親王王女。九条輔嗣猶子。1664年(寛文4年)1月30日就任。1672年(寛文12年)7月17日死去。20歳。(1665年(寛文5年)死去とも)
 +
|-
 +
|4
 +
|日寿
 +
|瑞法院
 +
|
 +
|1647-1691
 +
|1672-1691
 +
|1672年(寛文12年)8月29日就任。1691年(元禄4年)4月29日死去。45歳。(『比丘尼御所諡号考』にある1691年(元禄4年)4月6日死去の日義はこの人物か)
 +
|-
 +
|加歴5
 +
|日顕
 +
|瑞現院
 +
|
 +
|?-1690
 +
|加歴
 +
|日寿の弟子。得度をしないまま、1690年(元禄3年)7月2日死去。日寿の意向で加歴。瑞源院とも。
 +
|-
 +
|6
 +
|日慈
 +
|瑞応院
 +
|
 +
|1699-1716
 +
|1713-1716
 +
|鷹司政平の娘。1713年(正徳3年)12月21日就任。1716年(享保1年)4月6日死去。18歳。
 +
|-
 +
|7
 +
|日護
 +
|瑞妙院
 +
|
 +
|1717-1746
 +
|1724-1746
 +
|1724年(享保9年)4月21日就任。1746年(延享3年)2月24日死去。30歳。
 +
|-
 +
|8
 +
|日照女王
 +
|常孝院
 +
|
 +
|1753-1778
 +
|1762-1778
 +
|有栖川宮家出身。音仁親王の王女。九条尚実猶子。1762年(宝暦12年)4月13日就任。1778年(安永7年)7月21日死去。26歳。
 +
|-
 +
|9
 +
|日尊女王
 +
|瑞世文院
 +
|
 +
|1807-1868
 +
|1816-1868
 +
|伏見宮貞敬親王王女。1816年(文化13年)6月28日就任。1868年(明治1年)11月12日死去。62歳。
 +
|-
 +
|10
 +
|村雨日栄
 +
|瑞法光院
 +
|
 +
|1855-1920
 +
|1862-1920
 +
|伏見宮邦家親王王女。1862年(文久2年)5月16日就任。1920年(大正9年)3月22日死去。66歳。
 +
|-
 +
|11
 +
|九条日浄
 +
|瑞珠院
 +
|
 +
|1896-1962
 +
|1920-1962
 +
|子爵仙石政敬の娘。公爵九条道実の養女。1913年(大正2年)学習院女学部中等科卒。1920年(大正9年)11月6日就任。村雲婦人会総裁。1962年(昭和37年)近江八幡への移転を実施。1962年(昭和37年)9月20日死去。66歳。
 +
|-
 +
|12
 +
|小笠原日英
 +
|瑞興院
 +
|
 +
|1914-1988
 +
|1965-1988
 +
|小笠原長幹の娘。1960年(昭和35年)出家。1965年(昭和40年)就任。1988年(昭和63年)3月29日死去。74歳。
 +
|-
 +
|13
 +
|小笠原日凰
 +
|瑞華院
 +
|英法
 +
|1914-2002
 +
|1988-2002
 +
|女優の桜緋紗子。1929年(昭和4年)宝塚音楽学校卒。同年、宝塚歌劇団に入団。翌年、初舞台。1940年(昭和15年)退団。1951年(昭和26年)の交通事故を機に仏門に入る。1965年(昭和40年)瑞龍寺の僧侶となる。小笠原長幹の養女となる。1988年(昭和63年)義姉の跡を継ぎ住職就任。2002年(平成14年)3月20日死去。88歳。
 +
|-
 +
|14
 +
|鷲津日澄
 +
|
 +
|
 +
|?-2011
 +
|?-2011
 +
|2011年(平成23年)に退任。同年3月死去。
 +
|-
 +
|15
 +
|鷲津日英
 +
|瑞仙院
 +
|恵得
 +
|?-2019
 +
|2011-2019
 +
|初の男性住職。鷲津日澄の長男。大阪府最妙寺住職を経て2011年(平成23年)に瑞龍寺門跡貫首に就任。2019年(令和1年)死去。
 +
|-
 +
|16
 +
|
 +
|
 +
|
 +
|
 +
|
 +
|
 +
|}|
-
日照女王まで『比丘尼御所諡号考』も参照。
+
*小笠原日英まで『日蓮宗事典』
 +
*『比丘尼御所諡号考』[https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100093490/viewer/22]ほかも参照。
-
日寿は「本化別頭仏祖統記」より
 
[[category:滋賀県]]
[[category:滋賀県]]

2020年1月27日 (月) 時点における版

瑞龍寺(ずいりゅうじ)は、滋賀県近江八幡市にある日蓮宗門跡寺院日蓮宗久遠寺派。日蓮宗では唯一の門跡寺院。元は京都市上京区竪門前町にあった。(参考:同名寺院瑞龍寺

平等会寺を位牌所としたという(本隆寺門末寺院史)。

組織

住職

世数 法諱 生没年 在職年 略歴
1 日秀 瑞龍寺殿 1834-1625 豊臣秀吉の姉。豊臣秀次の生母。1625年(寛永2年)4月24日死去。92歳。
2 日怡 瑞円院 1625-1664 1641-1664 1641年(寛永18年)7月23日就任。1664年(寛文4年)2月3日死去。40歳。
3 日通女王 瑞照院 1653-1672 1664-1672 伏見宮貞建親王王女。九条輔嗣猶子。1664年(寛文4年)1月30日就任。1672年(寛文12年)7月17日死去。20歳。(1665年(寛文5年)死去とも)
4 日寿 瑞法院 1647-1691 1672-1691 1672年(寛文12年)8月29日就任。1691年(元禄4年)4月29日死去。45歳。(『比丘尼御所諡号考』にある1691年(元禄4年)4月6日死去の日義はこの人物か)
加歴5 日顕 瑞現院 ?-1690 加歴 日寿の弟子。得度をしないまま、1690年(元禄3年)7月2日死去。日寿の意向で加歴。瑞源院とも。
6 日慈 瑞応院 1699-1716 1713-1716 鷹司政平の娘。1713年(正徳3年)12月21日就任。1716年(享保1年)4月6日死去。18歳。
7 日護 瑞妙院 1717-1746 1724-1746 1724年(享保9年)4月21日就任。1746年(延享3年)2月24日死去。30歳。
8 日照女王 常孝院 1753-1778 1762-1778 有栖川宮家出身。音仁親王の王女。九条尚実猶子。1762年(宝暦12年)4月13日就任。1778年(安永7年)7月21日死去。26歳。
9 日尊女王 瑞世文院 1807-1868 1816-1868 伏見宮貞敬親王王女。1816年(文化13年)6月28日就任。1868年(明治1年)11月12日死去。62歳。
10 村雨日栄 瑞法光院 1855-1920 1862-1920 伏見宮邦家親王王女。1862年(文久2年)5月16日就任。1920年(大正9年)3月22日死去。66歳。
11 九条日浄 瑞珠院 1896-1962 1920-1962 子爵仙石政敬の娘。公爵九条道実の養女。1913年(大正2年)学習院女学部中等科卒。1920年(大正9年)11月6日就任。村雲婦人会総裁。1962年(昭和37年)近江八幡への移転を実施。1962年(昭和37年)9月20日死去。66歳。
12 小笠原日英 瑞興院 1914-1988 1965-1988 小笠原長幹の娘。1960年(昭和35年)出家。1965年(昭和40年)就任。1988年(昭和63年)3月29日死去。74歳。
13 小笠原日凰 瑞華院 英法 1914-2002 1988-2002 女優の桜緋紗子。1929年(昭和4年)宝塚音楽学校卒。同年、宝塚歌劇団に入団。翌年、初舞台。1940年(昭和15年)退団。1951年(昭和26年)の交通事故を機に仏門に入る。1965年(昭和40年)瑞龍寺の僧侶となる。小笠原長幹の養女となる。1988年(昭和63年)義姉の跡を継ぎ住職就任。2002年(平成14年)3月20日死去。88歳。
14 鷲津日澄 ?-2011 ?-2011 2011年(平成23年)に退任。同年3月死去。
15 鷲津日英 瑞仙院 恵得 ?-2019 2011-2019 初の男性住職。鷲津日澄の長男。大阪府最妙寺住職を経て2011年(平成23年)に瑞龍寺門跡貫首に就任。2019年(令和1年)死去。
16
|
  • 小笠原日英まで『日蓮宗事典』
  • 『比丘尼御所諡号考』[1]ほかも参照。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%BF%91%E6%B1%9F%E3%83%BB%E7%91%9E%E9%BE%8D%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール