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顕通寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年8月7日 (日)

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顕通寺(けんつうじ)は、中国の山西省五台山にある、文殊信仰の仏教寺院。五台山の中心寺院。漢族地区仏教全国重点寺院華厳宗ゆかり。大孚霊鷲寺、大孚図寺、大孚寺、大華厳寺、華厳寺、大吉祥顕通寺、護国聖光永明寺、聖光永明禅寺とも呼ばれる。

歴史

五台山で最も古く最大の規模を誇る。北魏の孝文帝の時代に創建され(『古清凉伝』)、インドの霊鷲山にちなんで「大孚霊鷲寺」と名付けられた。後漢の明帝の時代の創建という伝承(『広清凉伝』)もあるが、史実ではないとされる。『支那仏教史蹟』では「孚図」とは仏塔のことであり、阿育王塔の伝承によるもので、名称の意味としては塔院寺がその名を継ぐべきだと指摘している。かつては十二院あり、円仁の『入唐求法巡礼行記』によれば、庫院、涅槃院、般若院、菩薩堂院、閣院、善住閣院の6院の名が確認できる。このうち、善住閣院がいまの顕通寺とされる。菩薩堂院が現在の菩薩頂、閣院が現在の塔院寺と考えられている。唐の太宗の時代に再建され、則天武后の時代に「大華厳寺」と改称した。華厳宗四祖の澄観が住し、『華厳経』の注釈である『華厳経疏』を執筆した。華厳宗の基本経典となり、華厳宗を広める端緒となった。しかし、円仁が訪れた開成年間には、天台宗の碩学・志遠が住し、もっぱら天台宗の寺院と化していた。清の康煕26年(1687)に「大顕通寺」に改称した。伽藍は宮邸建築を模して、7棟の殿堂が南から北に一直線に並んでいる。観音殿、大文殊殿、大雄宝殿、無量殿、千鉢文殊殿、銅殿、後高殿がある。大文殊殿には7体の文殊像があり、そのうち5体は五台山の各峰を表す、獅子文殊(西台)、智慧文殊(南台)、儒童文殊(中台)、無垢文殊(北台)、聡明文殊(東台)となっている。千鉢文殊殿には、「千臂千鉢千釈迦文殊菩薩」の銅像が祀られている。これは千本の手にそれぞれ、釈迦像が入った鉢を持っている文殊菩薩である。無量殿には大きな盧遮那仏(大日如来)が祀られている。銅殿は金色に塗られている。銅殿の前には5座の塔があったが、現在は2座のみ残っている。

万暦42年(1614)、明代としては50年ぶりに古心如馨により戒壇が開かれた。

  • 聖光永明寺記
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