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壱岐神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年9月27日 (金)
(壱岐神社・壱岐護国神社から転送)
壱岐神社は、長崎県壱岐市芦辺町瀬戸浦にある亀山天皇・後宇多天皇・少弐資時・戦没者を祀る霊社・招魂社。少弐資時墓のそばに建てられた。後に戦没者を合祀したことから壱岐護国神社とも称す。
祭神
元は少弐資時のみを祀る計画だったか。
- 亀山天皇(1249-1305):90代天皇。上皇として治政を採る中、元寇に対処した。博多東公園と筥崎宮に像がある。
- 後宇多天皇(1267-1324):91代天皇。在位中に元寇が起きた。
- 少弐資時以下麾下将士:少弐資時(1263-1281)は文永の役で出陣。弘安の役で戦死。「麾下将士」については人数・名前とも不詳。
- 壱岐郡内護国英霊
歴史
- 1904年(明治37年)2月3日:明治天皇、記念碑建設のため50円下賜[1]。
- 1915年(大正4年)11月10日:少弐資時に従四位追贈。
- 1921年(大正10年):記念碑建立[2]。銘文は1900年(明治33年)3月
- 1928年(昭和3年)9月3日:後藤謙太郎ほか1066人、少弐資時を祀る壱岐神社創建を請願[3]
- 1932年(昭和7年)1月9日:壱岐神社創立許可[4][5]。県社列格が内定していたという[6]。予算10万9000円。1657坪。
- 1933年(昭和8年)3月25日:後藤謙太郎ほか366人請願。造営への国費支出を請願を衆議院で採択[7][8]。
- 1933年(昭和8年)7月1日:内務省から内閣へ、造営に国費支出はできないとの回[9]。
- 1933年(昭和8年)5月21日:地鎮祭[10]
- 1944年(昭和19年):竣工するも鎮座せず。
- 1948年(昭和23年)11月3日:亀山天皇、後宇多天皇、小弐資時を鎮祭
- 1952年(昭和27年):戦没者を合祀
- 1953年(昭和28年):掌典職掌典長甘露寺受長が幣帛料を奉納。
- 1955年(昭和30年):靖国神社から奉幣
- 1956年(昭和31年)11月8日:靖国神社の「分霊」を奉遷。
- 1956年(昭和31年)3月26日:献饌講を結成。伊勢神宮から稲種を授与される。
- 1974年(昭和49年)11月:社殿造営。遷座祭。
- 1978年(昭和53年)4月21日:「孤島の丘」碑を建立。
- 2001年(平成13年)5月20日:少弐資時銅像を建立。
- (壱岐神社ウェブサイト[11][12])