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真宗大谷派大津別院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年5月11日 (日)
(大津別院から転送)
真宗大谷派大津別院(しんしゅうおおたには・おおつ・べついん)は、滋賀県大津市中央(近江国滋賀郡)にある浄土真宗寺院。真宗大谷派の別院。大津御堂、大津御坊、桜町御坊と呼ばれた。旧東海道の北側に位置する。500m西には西本願寺の近松別院がある。
歴史
- 1599年:教如が門徒衆に創建を謀る。
- 1600年6月:遷仏開眼。教如の親修で営まれた。土地は、浄土宗華階寺の末寺屋敷を門徒の寄進で購入して確保した。中心となった門徒は扇屋道順(矢島藤五郎か)、奈良屋道覚、納屋法善、長浜屋平左衛門らの有力商人だった。御影は教如が親鸞の遺骨を混ぜて描いたものという。
- 1602年:徳川家康上洛につき、教如は大津御坊で迎えたという。
- 1617年:直参講、鎌倉時代の梵鐘を購入して寄進。
- 1650年:本堂再建。
- 1662年:地震で書院倒壊
- 1670年:書院再建
- 1772年:大津町の所轄が、京都町奉行から大津代官所に移管されたが、大津御坊は引き続き京都町奉行の管轄となった。
- 1868年8月20日:『本願寺誌要』によれば、明治天皇行在所となったというが他の史料で確認できない[1]
- 1868年9月16日:明治天皇東京行幸につき、園城寺と共に非常時の立退所に定められる[2]。
- 1877年3月9日:大津別院に湖南小教校を設置[3]
- 1880年6月12日:明治天皇京都行幸につき行在所となる。法嗣の大谷光瑩が迎える。14日午後まで滞在[4]
(『日本歴史地名大系』、2012『別院探訪』)
子院
いずれも現存しないようだ。
- 敬念寺
- 光触寺