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鎌倉・東光寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
鎌倉・東光寺
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'''東光寺'''(とうこうじ)は神奈川県鎌倉市二階堂にあった[[臨済宗]]寺院。本尊は不明。相模国の[[利生塔]]。[[護良親王]]が幽閉された地と伝え、跡地に[[鎌倉宮]]が創建された。[[十刹]]。山号は医王山。(参考:同名寺院[[東光寺]]) 創建不詳。一説に二階堂行光が[[永福寺]]の傍に建て、1209年10月、明王院公胤を導師として落慶供養を行ったのが東光寺とする(攬勝考) 1311年に死去した[[円覚寺]]9世の無為昭元の墓塔が東光寺に設けられた。 1335年7月23日、足利直義は、東光寺に幽閉した護良親王を殺害して敗走した。 1347年7月23日、月山友桂が利生塔を建立。この時、足利直義は竺仙梵僊を招いて慶賀すると共に護良親王の菩提を弔った。 1357年、月山友桂は[[理智光寺]]に[[護良親王墓]]として宝篋印塔を建立。 月山友桂の後。古劔妙快、太清宗渭が住し、義堂周信はたびたび東光寺に彼らを訪ねた。 1438年の永享の乱以後衰退したものの1472年頃にも護良親王の菩提所と認識は続いてはいた(東光寺友乾書状案)。 廃絶時期は不詳。 (『日本歴史地名大系』) [[Category:神奈川県]]
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