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毛越寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
毛越寺
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'''毛越寺'''(もうつうじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある[[浄土教]]の[[天台宗]]寺院。[[天台宗延暦寺派]][[準別格大寺]]。陸奥国。岩手県西磐井郡平泉町平泉大沢58。 本尊は薬師如来。山号は医王山。金剛王院と号す。 ==歴史== *850年(嘉祥3年):円仁が創建。年号から嘉祥寺と称したと伝える。 *1105年(長治2年):藤原清衡、藤原基衡が造営?円隆寺と称したという。 *1189年(文治5年):奥州藤原氏滅亡 *1224年(元仁1年)3月:円隆寺梵鐘を鋳造(梵鐘銘) *1226年(嘉禄2年)11月8日:焼失。大伽藍はこの時途絶える。 *1327年(嘉暦2年):再建の動きが整うが、鎌倉幕府の動乱で中止。 *1335年(建武2年):伽藍焼失 *1590年(天正18年):浅野長吉と木村吉清から100石安堵 *1665年(寛文5年):寛永寺の直末となる。中尊寺や西光寺とともに。 *1691年(元禄4年):寺内の真言宗隆蔵寺の宗派が問題となっていたが、支配は天台宗、住職相続は真言宗として決着。 *1804年(文化1年):村内に分散していた各坊が一箇所に移転。ただし千手院のみ旧地に残った。 *1870年(明治3年):延暦寺の直末となる。 *1875年(明治8年):隆蔵寺が全焼。のち廃寺。 *1875年(明治8年):毛越寺住職を設置。 *1899年(明治32年):本坊再建 *1909年(明治42年):庫裏再建。 *1930年(昭和5年):発掘調査 *1989年(平成1年):本堂再建 *1954年(昭和29年):発掘調査 *1980年(昭和55年):発掘調査 *2011年(平成23年):世界文化遺産に登録 ==境内== *山門 *宝物館 *本堂 *南大門跡 *開山堂 *経楼跡 *鐘楼跡 *嘉祥寺跡 *講堂跡 *金堂跡:円隆寺 *常行堂 *常行堂法華堂跡 *大泉が池 *隆蔵寺:廃絶。真言宗。 ==組織== ===平泉惣別当=== [[中尊寺#平泉惣別当]]を参照。平泉惣別当は両寺別当とも呼ばれ、中尊寺と毛越寺など平泉の諸寺を管轄したとみられる。鎌倉幕府によって任命され、平泉には止住しなかった。 == 子院 == *千手院: *正善院: *金剛院: *白王院: *大乗院: *覚性院: *慈光院: *妙禅院: *光円院: *福昌院: *蓮乗院: *普賢院: *感神院: *寿命院: *寿徳院: *宝積院: *薬王院: == 組織 == ===歴代住職=== 貫主 *穂積慈玄 *南浦頼薫 *15藤里慈亮 *南洞頼教()<>: *藤里明久()<>: ==資料== *「毛越寺沿革」[https://dl.ndl.go.jp/pid/763252/1/66] *「毛越寺の建立」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1225644/1/43] *平泉毛越寺の摩多羅神祭り[https://dl.ndl.go.jp/pid/1524809/1/25] [[category:岩手県]]
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