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仏塔信仰
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
仏塔信仰
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'''仏塔'''は、[[舎利]]や経典を奉安する[[仏教建築|仏教施設]]。[[舎利信仰]]も参照。[[戒壇院]]の本尊や[[日蓮宗]]の本尊では、塔とともに[[釈迦如来]]と[[多宝如来]]を祭る。 == 種類 == *宝篋印塔 *宝塔 *多宝塔 *層塔 **三重塔 **五重塔 **七重塔 **十三重塔 *無縫塔・卵塔 *五輪塔 *国東塔 *板碑 *幢 *[[碑伝]] *[[卒塔婆]]:塔婆とも。卒塔婆はストゥーパの音写だが、日本では特殊な意味で使われている。追善や逆修のために墳墓などに立てられる。板状や柱状。木造が基本だが、石造のものもある。古くは『兵範記』『平家物語』に記述があり、『一遍聖絵』『餓鬼草子』などの古絵図に描かれる。現在では五輪塔を象った形状が多いが、板碑型のもの、笠塔婆型のものもある。形の違いの意味や変遷は明らかでない。また特殊なものに大型の板状の塔婆に仏像を描く絵塔婆がある。室町時代後期から江戸時代初期まで作られた。また大型の柱状の塔婆49本で墓塔を囲む塔婆堂の例がある。これは現在でも作られることがある。[[高貴寺]]には[[空海]]筆と伝える卒塔婆が、[[高野山龍光院]]には[[覚鑁]]筆と伝える卒塔婆が現存するという。納骨塔婆は小型の五輪塔卒塔婆に穴を開け、故人の骨片を納めたもの。堂内の長押などに直接打ち付けて納骨した。『大乗院寺社雑事記』に[[一条兼良]]の骨を[[元興寺極楽坊]]に納めた時の記述がある。現代でも会津[[八葉寺]]で行われているという。(元興寺文化財研究所編2002『中世庶民信仰資料』) *笠塔婆 *相輪塔 *瓶塔 *宝珠 *雲首塔 *題目塔 *名号塔 *百万塔:称徳天皇の例が有名。 *泥塔 <gallery widths="300" heights="300" perrow="3"> ファイル:大石寺・墓地・戸田城聖-04.jpg|卒塔婆 </gallery> ==その他== *[[南天鉄塔]] *[[石塔寺_(同名)]] *[[利生塔]] *[[六所宝塔]] *[[仁寿舎利塔]] *阿育王塔:[[アショーカ王]]は八万四千の塔を建てたという。 *銭弘俶塔:呉越王の銭弘俶が作った多数の小塔。日本にもいくつか伝来している。 *[[大野丘北塔]]:日本最古の仏塔。 ==大型仏塔== *[[相国寺]]七重塔:高さ109m。1399年(応永6年)造営。 *[[法勝寺]]八角九重塔:高さ81m。1081年(永保1年)造営。 *[[東寺]]五重塔:高さ56m。1644年(正保1年)造営。 *[[興福寺]]五重塔:高さ50m。1426年(応永33年)造営。 *[[醍醐寺]]五重塔:高さ42m。951年(天暦5年)造営。 *[[法隆寺]]五重塔:高さ32m。飛鳥時代造営。 *[[清水寺]]三重塔:高さ32m。1632年(寛永9年)造営。 *[[瑠璃光寺]]五重塔:高さ31m。1442年(嘉吉2年)造営。 *[[羽黒山]]五重塔:高さ30m。1372年(文中1年/応安5年)造営。 *[[備後・明王院|明王院]]五重塔:高さ29m。1348年(正平3年/貞和4年)造営。 *[[海住山寺]]五重塔:高さ18m。1214年(建保2年)造営。 *[[室生寺]]五重塔:高さ16m。平安時代造営。 <Gallery widths="300" heights="200" perrow="3"> ファイル:法勝寺復元模型・平安京創生館-09.jpg|法勝寺八角九重塔。復元模型・平安京創生館 ファイル:興福寺002.jpg|興福寺五重塔 ファイル:清水寺010.jpg|清水寺三重塔 ファイル:瑠璃光寺・五重塔_(4).jpg|瑠璃光寺五重塔 ファイル:東寺_(5).jpg|東寺五重塔 ファイル:室生寺五重塔003.jpg|室生寺五重塔 ファイル:4C3E3715-8F6F-44B7-BFF6-3B5E33F5D9D9.jpeg|明王院五重塔 </Gallery> [[category:系譜記事]] [[Category:仏教建築]]
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