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土佐・瑞応寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
土佐・瑞応寺
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'''瑞応寺'''(ずいおうじ)は高知県高知市洞ケ島町にある[[曹洞宗]]寺院。長宗我部家の菩提寺。[[御霊信仰]]で神格化された薫的がいた寺院として知られる。江戸時代まで[[薫的神社]]の場所にあった。現在は「薫的宗」の大本山を名乗るらしい。山号は祥鳳山。 (参考:同名寺院[[瑞応寺_(同名)]]) == 歴史 == 土佐国長岡郡岡豊(高知県南国市)にあった'''兼序寺'''が前身。 長宗我部元親が父母追善のために再興して瑞応寺と改めた。 慶長年間、城の移転に伴い、洞ケ島に移転。多くの末寺を持ち、山内家の入国まで土佐第一の寺院だったという。 薫的は1664年に死去した藩主山内忠義の戒名を巡って真如寺了谷と論争。 薫的は投獄され、1671年、獄死した。 薫的は小高坂山に埋葬されたが、異変が現れ、1727年、瑞応寺境内に改葬した。 改葬後、墓の上には薫的堂が建てられ信仰を集めた。 明治初年、一時廃絶となり、薫的堂は洞島神社(薫的神社)となった。 瑞応寺は神社の東北に再興された。 (『日本歴史地名大系』) [[category:高知県]]
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