ようこそ『神殿大観』へ。ただいま
試験運用中
です。
深山陸軍墓地
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
深山陸軍墓地
のソース
移動:
案内
,
検索
以下に示された理由により、このページの編集を行うことができません:
この操作は、
利用者
のグループに属する利用者のみが実行できます。
ページ
名前空間にあるページを編集する権限がありません。
このページのソースを閲覧し、コピーすることができます:
'''深山陸軍墓地'''(みやま・りくぐん・ぼち)は和歌山県和歌山市深山にある[[陸軍墓地]]。[[葛城]]山地西端の深山要塞の一画に設けられた。兵舎からは離れた山中に設けられた。深山要塞には深山砲台などがあり、[[友ヶ島]]の砲台群とともに由良要塞を構成し、大阪湾の入り口の紀淡海峡を防衛した。由良要塞司令部は淡路島にあった。墓地開設の年時は不詳。日露戦争後に大規模な整備が行われた。連隊の満洲移転や湾岸防衛の優先度の低下から要塞の人員は減ったらしく、昭和期の墓碑は少ない。 ==歴史== *1894年(明治27年)12月:<淡路島の由良に「要塞砲兵第二連隊」を設置。> *1896年(明治29年):<「由良要塞砲兵連隊」と改称。> *1897年(明治30年)7月:深山に由良要塞砲兵連隊の第三大隊を設置。兵舎と砲台が建設された。墓地もこの頃開設か。ただし1896年(明治29年)1月死去の墓碑もある(建立年は不明)。 *1899年(明治32年)7月:<要塞地帯法制定。> *1906年(明治39年)11月:日露戦争合葬碑4基を建立(碑銘)。 *1907年(明治40年)10月:<重砲兵第三連隊と改称。連隊本部が由良から深山に移転。> *1918年(大正7年)5月:<野戦重砲兵第三連隊と改称。> *1920年(大正9年)3月:<静岡県三島に移転。その後、改めて由良重砲兵連隊が編成され、10月に深山に移転し、深山重砲兵連隊と改称。> *昭和13年:<満洲に移転し阿城重砲兵連隊となる。> *1941年(昭和16年):<要塞部隊の編成改正により、由良要塞重砲兵連隊に改称し、連隊本部を由良に移転。> *1942年(昭和17年)8月:<重砲兵第五連隊が編成され、12月に深山に移り、中部第七十五部隊と称した。> *1965年5月:「深山重砲兵連隊跡」碑を兵舎跡の「休暇村紀州加太」に建立 *1968年:深山重砲兵連隊の戦友会「深山会」が墓地の伐採清掃を行う[https://dl.ndl.go.jp/pid/11435316/1/9?keyword=%E6%B7%B1%E5%B1%B1%E4%BC%9A%25E3%2580%2580%E9%99%B8%E8%BB%8D%E5%A2%93%E5%9C%B0]。1990年代頃まで活動していたらしい。 *2017年:慰霊祭を再開。仏式か。有志による「深山会(旧陸軍墓地を守る会)」が活動。清掃整備が始まる。 ==画像== <Gallery widths="300" heights="200" perrow="3"> file:深山陸軍墓地01.jpg| file:深山陸軍墓地02.jpg| file:深山陸軍墓地03.jpg| file:深山陸軍墓地04.jpg| file:深山陸軍墓地05.jpg| file:深山陸軍墓地06.jpg| file:深山陸軍墓地07.jpg| file:深山陸軍墓地08.jpg| file:深山陸軍墓地09.jpg| file:深山陸軍墓地10.jpg| file:深山陸軍墓地11.jpg| file:深山陸軍墓地12.jpg| file:深山陸軍墓地13.jpg| file:深山陸軍墓地14.jpg| file:深山陸軍墓地15.jpg| </Gallery> ==資料== *太平洋戦争と和歌山県[https://dl.ndl.go.jp/pid/13199345/1/20]) *阿城重砲兵聯隊史[https://dl.ndl.go.jp/pid/13207727/1/21] [[Category:和歌山県]]
深山陸軍墓地
に戻る。
表示
ページ
議論
ソースを表示
履歴
個人用ツール
案内
神殿大観 メイン
神殿大観 総目次
おまかせ表示
検索
ツールボックス
リンク元
関連ページの更新状況
ファイルをアップロード
特別ページ