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温明殿
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
温明殿
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'''温明殿'''(うんめいでん)は[[平安宮]]内裏にあった御殿。南側の母屋に[[賢所]]が祀られていた。西隣に接続する綾綺殿と共に、[[紫宸殿]]の北東、[[仁寿殿]]の東にあった。西側が正面で、東側(裏側)には宜陽門があった。「うんめいでん」と読むことが通例だが、「おんめいでん」とも。 == 歴史 == [[file:86940E4A-F21D-40FB-9DBF-7B7025A307E7.jpeg|温明殿跡。北側より|thumb|400px]] [[file:E9B846EB-E6BA-4489-8363-FCB0C258AD22.jpeg|温明殿跡|thumb|300px]] [[file:FB10B7A3-3FE0-46C2-9B9F-421D5D5C888A.jpeg|昭陽舎跡から温明殿跡パネルの方角をみる|thumb|300px]] 文献上の初見は818年。当初の機能は不明だが、女御の居所ともいう。一説には[[宇多天皇]]の時代に賢所が祀られた。 大刀、節刀、関契、駅鈴なども保管された。南北九間、東西二間、四面に庇があり、西面する。入母屋造で檜皮葺と推定される。 中央の一間は馬道となり、南北に2分される。賢所を祀った南側は'''神座'''、'''神殿'''と呼ばれた。北側には内侍が詰めたと思われる。「内侍所」のことと思われ、内侍所は賢所の別称となる。[[一条天皇]]の時代から、綾綺殿との間の庭上で、毎年12月の内侍所御神楽が始められた。賢所は後に[[春興殿]]に遷った(春興殿は「温明殿代」とも呼ばれた)。 [[天台]][[密教]]の修法として「温明殿念誦」(温明殿秘密念誦)が行われたともいうが不詳。 登極令によると近代には[[宮中三殿]]の賢所を温明殿と呼んだ(現在は不明)。 (『国史大辞典』ほか) *雲図抄 *年中行事絵巻 [[category:京都府]]
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