ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

常在光院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2023年4月23日 (日)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
 
(間の1版分が非表示)
1行: 1行:
-
'''常在光院'''(じょうざいこういん)は京都東山にあった[[臨済宗]]寺院。建武年間に[[足利尊氏]]が[[夢窓疎石]]を招いて創建。現在の[[知恩院]]一帯の場所にあった。応仁の乱で被害を受け、江戸時代の知恩院再建の際に廃絶となった。知恩院大方丈の庭園は、当寺の庭園をそのまま取り込んだものともいう。
+
'''常在光院'''(じょうざいこういん)は京都府京都市東山区林下町にあった[[臨済宗]]寺院。建武年間に[[足利尊氏]]が[[夢窓疎石]]を招いて創建。現在の[[知恩院]]一帯の場所にあった。応仁の乱で被害を受け、江戸時代の知恩院再建の際に廃絶となった。知恩院大方丈の庭園は、当寺の庭園をそのまま取り込んだものともいう。
-
京都府京都市東山区。
+
常在光院の「新院」と呼ばれた東漸院という寺院もあった。
 +
*1937『知恩院史』[https://dl.ndl.go.jp/pid/1221544/1/468]
[[category:京都府]]
[[category:京都府]]

2023年4月23日 (日) 時点における最新版

常在光院(じょうざいこういん)は京都府京都市東山区林下町にあった臨済宗寺院。建武年間に足利尊氏夢窓疎石を招いて創建。現在の知恩院一帯の場所にあった。応仁の乱で被害を受け、江戸時代の知恩院再建の際に廃絶となった。知恩院大方丈の庭園は、当寺の庭園をそのまま取り込んだものともいう。 常在光院の「新院」と呼ばれた東漸院という寺院もあった。

  • 1937『知恩院史』[1]
https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B8%B8%E5%9C%A8%E5%85%89%E9%99%A2」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール