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烏含寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| - | '''烏含寺''' | + | '''烏含寺'''は忠清南道保寧市聖住面聖住里にあった[[朝鮮仏教|仏教]]寺院。廃絶。百済王都の[[扶余]]の近郊にあった。日本の[[新堂廃寺]]も烏含寺という名だったと推定されており、関連性が指摘されている。新羅時代に跡地に聖住寺が建てられた。 |
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| + | ==歴史== | ||
| + | *615年頃:創建。(「崇厳山聖住寺事蹟」) | ||
| + | *655年5月:馬が北岳の烏含寺に入り、仏殿の廻りを鳴きながらまわり数日して死んだという。『三国史記』「百済本紀」 | ||
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2023年8月14日 (月) 時点における版
烏含寺は忠清南道保寧市聖住面聖住里にあった仏教寺院。廃絶。百済王都の扶余の近郊にあった。日本の新堂廃寺も烏含寺という名だったと推定されており、関連性が指摘されている。新羅時代に跡地に聖住寺が建てられた。
歴史
- 615年頃:創建。(「崇厳山聖住寺事蹟」)
- 655年5月:馬が北岳の烏含寺に入り、仏殿の廻りを鳴きながらまわり数日して死んだという。『三国史記』「百済本紀」