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東大寺龍松院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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==資料==
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===古典籍・史料===
*『龍松院上人公慶大仏殿再興発願興隆略記』
*『龍松院上人公慶大仏殿再興発願興隆略記』
*『龍松院公益・公俊・庸訓代々諸興隆略記』
*『龍松院公益・公俊・庸訓代々諸興隆略記』
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*『公慶上人行状』:隆光著。1706年(宝永3年)
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*『公慶上人年譜』:公盛著。
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*『公慶上人年譜』:大庭探柳著。1705年(宝永2年)
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===文献===
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*東大寺1954『公慶上人年譜聚英』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12224649/1/40]
*筒井英俊1966「龍松院家の人々」[https://dl.ndl.go.jp/pid/4418864/1/11]
*筒井英俊1966「龍松院家の人々」[https://dl.ndl.go.jp/pid/4418864/1/11]
*筒井寛秀1976「竜松院師資相承に就いて」『南都仏教』36:墓碑銘があるようだ。
*筒井寛秀1976「竜松院師資相承に就いて」『南都仏教』36:墓碑銘があるようだ。
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*杣田善雄1980「元禄の東大寺大仏再興と綱吉政権」[https://dl.ndl.go.jp/pid/4417328/1/50](館内限定)
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*永村真1980「鎌倉期東大寺勧進所の成立と諸活動」[https://dl.ndl.go.jp/pid/4417328/1/28](館内限定)
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*林亮勝1980「元禄の大仏殿再興について--将軍家のかかわりを中心として」[https://dl.ndl.go.jp/pid/4417328/1/40](館内限定)
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*山本博子1985「江戸期における東大寺再建について」[https://doi.org/10.4259/ibk.34.114]
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*山本博子1986「江戸時代における知恩院と東大寺--特に東大寺塔頭竜松院をめぐって」[https://dl.ndl.go.jp/pid/7948492/1/42]
*嗣永芳照1988「古文書入門講座・明治天皇御寄附金の請取状・東大寺大勧進職が差出した寄附金の請取状を解読する」『歴史研究』329
*嗣永芳照1988「古文書入門講座・明治天皇御寄附金の請取状・東大寺大勧進職が差出した寄附金の請取状を解読する」『歴史研究』329
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===三昧聖関連===
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*堀一郎1953「東大寺系三昧聖関係文書に見られる組織と勧進聖との関係」『我が国民間信仰史の研究2宗教史編』[https://dl.ndl.go.jp/pid/2997430/1/323]
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*伊藤唯真1979「新出の『三昧聖由緒書』『大和国三昧明細帳』について」[https://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/rid_OS000600001599]
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*細川涼一1996「中近世和泉国の三昧聖と寺院」『国立歴史民俗博物館研究報告』68
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*吉井敏幸1996「三昧聖と墓制の変遷」『国立歴史民俗博物館研究報告』68
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*吉井敏幸1998「中世~近世の三昧聖の組織と村落--大和国の場合」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1860315/1/3]
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*吉井克信1998「近世畿内三昧聖の宗教的側面と信仰」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1860314/1/8]
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*細川涼一編2001『三昧聖の研究』
[[category:奈良県]]
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2024年2月10日 (土) 時点における版

東大寺龍松院(とうだいじ・りゅうしょういん)は、奈良県奈良市にある東大寺の塔頭寺院。東大寺の大勧進職を務めた。公慶が創建。公慶時代は勧進所にあった。維新後は旧大喜院に移った。東大寺関連旧跡も参照。

畿内と近江、丹波の三昧聖を管轄した。

目次

組織

歴代住職

資料

古典籍・史料

  • 『龍松院上人公慶大仏殿再興発願興隆略記』
  • 『龍松院公益・公俊・庸訓代々諸興隆略記』
  • 『公慶上人行状』:隆光著。1706年(宝永3年)
  • 『公慶上人年譜』:公盛著。
  • 『公慶上人年譜』:大庭探柳著。1705年(宝永2年)

文献

  • 東大寺1954『公慶上人年譜聚英』[1]
  • 筒井英俊1966「龍松院家の人々」[2]
  • 筒井寛秀1976「竜松院師資相承に就いて」『南都仏教』36:墓碑銘があるようだ。
  • 杣田善雄1980「元禄の東大寺大仏再興と綱吉政権」[3](館内限定)
  • 永村真1980「鎌倉期東大寺勧進所の成立と諸活動」[4](館内限定)
  • 林亮勝1980「元禄の大仏殿再興について--将軍家のかかわりを中心として」[5](館内限定)
  • 山本博子1985「江戸期における東大寺再建について」[6]
  • 山本博子1986「江戸時代における知恩院と東大寺--特に東大寺塔頭竜松院をめぐって」[7]
  • 嗣永芳照1988「古文書入門講座・明治天皇御寄附金の請取状・東大寺大勧進職が差出した寄附金の請取状を解読する」『歴史研究』329

三昧聖関連

  • 堀一郎1953「東大寺系三昧聖関係文書に見られる組織と勧進聖との関係」『我が国民間信仰史の研究2宗教史編』[8]
  • 伊藤唯真1979「新出の『三昧聖由緒書』『大和国三昧明細帳』について」[9]
  • 細川涼一1996「中近世和泉国の三昧聖と寺院」『国立歴史民俗博物館研究報告』68
  • 吉井敏幸1996「三昧聖と墓制の変遷」『国立歴史民俗博物館研究報告』68
  • 吉井敏幸1998「中世~近世の三昧聖の組織と村落--大和国の場合」[10]
  • 吉井克信1998「近世畿内三昧聖の宗教的側面と信仰」[11]
  • 細川涼一編2001『三昧聖の研究』
https://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA%E9%BE%8D%E6%9D%BE%E9%99%A2」より作成

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