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建功神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| - | '''建功神社'''(けんこう・じんじゃ)は、日本領台湾の台北州台北市にあった戦没者を祀る[[招魂社]] | + | '''建功神社'''(けんこう・じんじゃ)は、日本領台湾の台北州台北市にあった戦没者を祀る[[招魂社]]。祭神は「明治二十八年改隷以降台湾に於ける戦死者、準戦死者、殉職者、準殉職者」[https://dl.ndl.go.jp/pid/2956800/1/4]。 |
| + | 無格社。特殊な建築様式で建てられた。のち別に[[台湾護国神社]]が建てられた。廃絶。 | ||
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| + | ==祭神== | ||
| + | *1万5794柱[https://dl.ndl.go.jp/pid/1136293/1/82] | ||
| + | ==歴史== | ||
| + | *1926年(昭和1年)4月30日:地鎮祭[https://dl.ndl.go.jp/pid/1136293/1/82] | ||
| + | *1927年(昭和2年)7月:起工[https://dl.ndl.go.jp/pid/1136293/1/82] | ||
| + | *1928年(昭和3年)1月12日:建功神社創立(台湾総督府告示9号[https://dl.ndl.go.jp/pid/2956800/1/4]) | ||
| + | *1928年(昭和3年)3月31日:上棟式[https://dl.ndl.go.jp/pid/1513006/1/62] | ||
| + | *1928年(昭和3年)4月21日:「建功神社合祀者資格審査会規程」を制定(台湾総督府訓令第35号[https://dl.ndl.go.jp/pid/1448753/1/332]) | ||
| + | *1928年(昭和3年)6月9日:鎮座祭を7月14日とし、臨時例祭を7月15日に行うことを定める(台湾総督府告示第74号[https://dl.ndl.go.jp/pid/2956933/1/5])。また例祭日を4月30日と定める(台湾総督府第75号[https://dl.ndl.go.jp/pid/2956933/1/5])。 | ||
| + | *1928年(昭和3年)7月10日:鎮座祭・臨時例祭の祭式と祝詞を定める(台湾総督府令第42号・第43号[https://dl.ndl.go.jp/pid/2956951/1/1]) | ||
| + | *1928年(昭和3年)7月14日:鎮座。台北郵便局および同局鎮座祭式場臨時出張所では記念消印を使用した(台湾総督府告示第88号・第89号[https://dl.ndl.go.jp/pid/2956951/1/3])。 | ||
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==組織== | ==組織== | ||
===社掌=== | ===社掌=== | ||
2024年2月15日 (木) 時点における版
建功神社(けんこう・じんじゃ)は、日本領台湾の台北州台北市にあった戦没者を祀る招魂社。祭神は「明治二十八年改隷以降台湾に於ける戦死者、準戦死者、殉職者、準殉職者」[1]。 無格社。特殊な建築様式で建てられた。のち別に台湾護国神社が建てられた。廃絶。
目次 |
祭神
- 1万5794柱[2]
歴史
- 1926年(昭和1年)4月30日:地鎮祭[3]
- 1927年(昭和2年)7月:起工[4]
- 1928年(昭和3年)1月12日:建功神社創立(台湾総督府告示9号[5])
- 1928年(昭和3年)3月31日:上棟式[6]
- 1928年(昭和3年)4月21日:「建功神社合祀者資格審査会規程」を制定(台湾総督府訓令第35号[7])
- 1928年(昭和3年)6月9日:鎮座祭を7月14日とし、臨時例祭を7月15日に行うことを定める(台湾総督府告示第74号[8])。また例祭日を4月30日と定める(台湾総督府第75号[9])。
- 1928年(昭和3年)7月10日:鎮座祭・臨時例祭の祭式と祝詞を定める(台湾総督府令第42号・第43号[10])
- 1928年(昭和3年)7月14日:鎮座。台北郵便局および同局鎮座祭式場臨時出張所では記念消印を使用した(台湾総督府告示第88号・第89号[11])。
組織
社掌
- 豊福長人
- 多田忠助
- 今井春男