ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

都城六勇士墓地

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
1行: 1行:
[[ファイル:F296F390-B71C-4FE8-9545-C61AD1732E79.jpeg|thumb|400px|「明治維新都城六勇士之墓在」碑]]
[[ファイル:F296F390-B71C-4FE8-9545-C61AD1732E79.jpeg|thumb|400px|「明治維新都城六勇士之墓在」碑]]
'''都城六勇士墓地'''は京都府京都市南区唐橋井園町の狐塚墓地にある[[維新志士]]の墓。'''都城六勇士之墓'''。
'''都城六勇士墓地'''は京都府京都市南区唐橋井園町の狐塚墓地にある[[維新志士]]の墓。'''都城六勇士之墓'''。
-
[[官修墳墓]]か否かは不明。
+
[[官修墳墓]]か否かは不明。[[鹿児島藩の官祭招魂社と官修墳墓]]も参照。
鹿児島藩都城隊の大峰兼武・横山貞明・坂元正備・野邊盛次・安藤利次・内藤利徳の墓が並ぶ。1867年(慶応3年)12月21日、伏見で武装兵と会遇し、銃撃された。本隊に報告して調査したところ都城隊にも誤認があり、26日、[[東寺]]で自刃したという。
鹿児島藩都城隊の大峰兼武・横山貞明・坂元正備・野邊盛次・安藤利次・内藤利徳の墓が並ぶ。1867年(慶応3年)12月21日、伏見で武装兵と会遇し、銃撃された。本隊に報告して調査したところ都城隊にも誤認があり、26日、[[東寺]]で自刃したという。

2024年7月21日 (日) 時点における版

「明治維新都城六勇士之墓在」碑

都城六勇士墓地は京都府京都市南区唐橋井園町の狐塚墓地にある維新志士の墓。都城六勇士之墓官修墳墓か否かは不明。鹿児島藩の官祭招魂社と官修墳墓も参照。

鹿児島藩都城隊の大峰兼武・横山貞明・坂元正備・野邊盛次・安藤利次・内藤利徳の墓が並ぶ。1867年(慶応3年)12月21日、伏見で武装兵と会遇し、銃撃された。本隊に報告して調査したところ都城隊にも誤認があり、26日、東寺で自刃したという。 6人を葬った後で自らも自刃した東寺執行慶増の墓も共に並ぶ。

https://shinden.boo.jp/wiki/%E9%83%BD%E5%9F%8E%E5%85%AD%E5%8B%87%E5%A3%AB%E5%A2%93%E5%9C%B0」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール