|
ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
東山・正法寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年7月27日 (土)
(版間での差分)
| (間の9版分が非表示) | |||
| 1行: | 1行: | ||
| - | '''正法寺''' | + | [[ファイル:霊山正法寺001.jpg|thumb|500px|]] |
| + | '''正法寺'''(しょうぼうじ)は、京都府京都市東山区清閑寺霊山町にある[[時宗]]寺院。本尊は[[釈迦如来]]。旧[[時宗霊山派]]の拠点。国阿墓がある。旧境内に[[霊明神社]]があり、[[霊山官修墳墓]]、[[京都霊山護国神社]]の起源。無量寿院。'''霊山正法寺'''。'''霊山道場'''。山号は霊鷲山、霊山。(参考:同名寺院[[正法寺]]) | ||
| - | + | == 歴史 == | |
| + | [[file:Kokudo0143.jpg|thumb|300px|霊明神社と霊山正法寺(国土地理院空中写真より)]] | ||
| + | [[file:Kokudo0139.jpg|thumb|300px|霊山観音・京都霊山護国神社・霊明神社・霊山正法寺(国土地理院空中写真より)]] | ||
| + | [[file:Kokudo0140.jpg|thumb|300px|霊山周辺(国土地理院空中写真より)]] | ||
| + | [[最澄]]が[[天台宗]][[霊山寺]]として創建したと伝える。 | ||
| + | *寛平年間、[[宇多天皇]]が釈迦堂を建立し、[[勅願寺]]とした。 | ||
| + | *1004年に「霊山堂」という堂宇が建てられている。 | ||
| + | *1205年1月、[[法然]]が別時念仏を修したという。 | ||
| + | *1383年9月、国阿が訪れ、住職の光英を教化。寺を譲り受け、阿弥陀堂を建立。時宗となり、正法寺と称した。 | ||
| + | *[[後小松天皇]]、[[足利義満]]らが寄進し、伽藍を整備した。しかし、応仁の乱や天文な乱で被災し、衰退。 | ||
| + | |||
| + | *天正年間には[[豊臣秀吉]]の庇護を受け、末寺42、子院14があった。 | ||
| + | *1580年、朱印地23石が寄進され、江戸時代も続いた。 | ||
| + | *1809年:村上都平、子院清林庵から山林藪地を借り受け[[霊明舎]]を開設。 | ||
| + | *明治の火災で全山焼失。焼け残った開山堂を本堂とした。 | ||
| + | (『日本歴史地名大系』『国史大辞典』) | ||
| + | ==境内== | ||
| + | *本堂 | ||
| + | *国阿墓 | ||
| + | *神明宮:国阿は伊勢神宮を篤く崇敬した。 | ||
== 子院 == | == 子院 == | ||
それぞれ阿弥号があった。 | それぞれ阿弥号があった。 | ||
*清林庵:清林院。23世淵龍が創建。現在の正法寺。 | *清林庵:清林院。23世淵龍が創建。現在の正法寺。 | ||
| - | * | + | *西光院:元禄頃には衰退。 |
*常楽院:善阿弥。 | *常楽院:善阿弥。 | ||
| - | * | + | *極楽院:元禄頃には衰退。 |
| - | * | + | *西念寺:元禄頃には衰退。 |
| - | * | + | *檀那院:元禄頃には衰退。 |
| - | * | + | *香泉院:元禄頃には衰退。 |
| - | * | + | *東光寺:権阿弥。本願寺住職の別荘翠紅館となる。 |
*永寿院:明治中期に廃絶。 | *永寿院:明治中期に廃絶。 | ||
*正智院: | *正智院: | ||
*功徳院: | *功徳院: | ||
| + | *海蔵院: | ||
*往生院: | *往生院: | ||
*方広院: | *方広院: | ||
| - | * | + | *霊山寺:旧寺名を残していた。現在の[[興正寺霊山本廟]]の地にあった。 |
| + | |||
| + | *長厳、盆阿弥、忍阿弥、重阿弥、種阿弥、珠阿弥、与阿弥、丹阿弥、連阿弥、宿阿弥(政教中正論) | ||
| + | |||
| + | <Gallery widths="300" heights="200" perrow="3"> | ||
| + | File:霊山正法寺・参道入口.JPG| | ||
| + | ファイル:霊山正法寺001.jpg| | ||
| + | ファイル:霊山正法寺002.jpg| | ||
| + | ファイル:霊山正法寺003.jpg| | ||
| + | </Gallery> | ||
[[category:京都府]] | [[category:京都府]] | ||
2024年7月27日 (土) 時点における最新版
正法寺(しょうぼうじ)は、京都府京都市東山区清閑寺霊山町にある時宗寺院。本尊は釈迦如来。旧時宗霊山派の拠点。国阿墓がある。旧境内に霊明神社があり、霊山官修墳墓、京都霊山護国神社の起源。無量寿院。霊山正法寺。霊山道場。山号は霊鷲山、霊山。(参考:同名寺院正法寺)
歴史
- 寛平年間、宇多天皇が釈迦堂を建立し、勅願寺とした。
- 1004年に「霊山堂」という堂宇が建てられている。
- 1205年1月、法然が別時念仏を修したという。
- 1383年9月、国阿が訪れ、住職の光英を教化。寺を譲り受け、阿弥陀堂を建立。時宗となり、正法寺と称した。
- 後小松天皇、足利義満らが寄進し、伽藍を整備した。しかし、応仁の乱や天文な乱で被災し、衰退。
- 天正年間には豊臣秀吉の庇護を受け、末寺42、子院14があった。
- 1580年、朱印地23石が寄進され、江戸時代も続いた。
- 1809年:村上都平、子院清林庵から山林藪地を借り受け霊明舎を開設。
- 明治の火災で全山焼失。焼け残った開山堂を本堂とした。
(『日本歴史地名大系』『国史大辞典』)
境内
- 本堂
- 国阿墓
- 神明宮:国阿は伊勢神宮を篤く崇敬した。
子院
それぞれ阿弥号があった。
- 清林庵:清林院。23世淵龍が創建。現在の正法寺。
- 西光院:元禄頃には衰退。
- 常楽院:善阿弥。
- 極楽院:元禄頃には衰退。
- 西念寺:元禄頃には衰退。
- 檀那院:元禄頃には衰退。
- 香泉院:元禄頃には衰退。
- 東光寺:権阿弥。本願寺住職の別荘翠紅館となる。
- 永寿院:明治中期に廃絶。
- 正智院:
- 功徳院:
- 海蔵院:
- 往生院:
- 方広院:
- 霊山寺:旧寺名を残していた。現在の興正寺霊山本廟の地にあった。
- 長厳、盆阿弥、忍阿弥、重阿弥、種阿弥、珠阿弥、与阿弥、丹阿弥、連阿弥、宿阿弥(政教中正論)