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世良修蔵招魂碑

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年8月17日 (土)

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'''世良修蔵招魂碑'''は山口県大島郡周防大島町椋野にある世良修蔵の慰霊碑。墓所は[[福島稲荷神社官修墳墓]]。近くには[[茂兵衛堂]]がある。中務茂兵衛は四国遍路の行者で世良修蔵のいとこ。
'''世良修蔵招魂碑'''は山口県大島郡周防大島町椋野にある世良修蔵の慰霊碑。墓所は[[福島稲荷神社官修墳墓]]。近くには[[茂兵衛堂]]がある。中務茂兵衛は四国遍路の行者で世良修蔵のいとこ。
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島内には[[大島護国神社]]もある。
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島内には[[大島護国神社]]もある。銘文[https://dl.ndl.go.jp/pid/9573778/1/40]。
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==歴史==
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*1835年(天保6年):世良修蔵誕生
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*1866年(慶応2年)6月:大島口の戦い
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*1868年(明治1年)閏4月20日:暗殺。
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*1882年(明治15年)5月:招魂碑建立か(銘文の日付)
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*1898年(明治31年)7月4日:従四位贈位(碑銘)。
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*1903年(明治36年)8月:招魂碑建立(再建?)(建立碑銘)。
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*1904年(明治37年)5月1日:「世良家累代奥津城」建立(碑銘)。
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2024年8月17日 (土) 時点における最新版

世良修蔵招魂碑-07.jpg

世良修蔵招魂碑は山口県大島郡周防大島町椋野にある世良修蔵の慰霊碑。墓所は福島稲荷神社官修墳墓。近くには茂兵衛堂がある。中務茂兵衛は四国遍路の行者で世良修蔵のいとこ。 島内には大島護国神社もある。銘文[1]

歴史

  • 1835年(天保6年):世良修蔵誕生
  • 1866年(慶応2年)6月:大島口の戦い
  • 1868年(明治1年)閏4月20日:暗殺。
  • 1882年(明治15年)5月:招魂碑建立か(銘文の日付)
  • 1898年(明治31年)7月4日:従四位贈位(碑銘)。
  • 1903年(明治36年)8月:招魂碑建立(再建?)(建立碑銘)。
  • 1904年(明治37年)5月1日:「世良家累代奥津城」建立(碑銘)。

画像

https://shinden.boo.jp/wiki/%E4%B8%96%E8%89%AF%E4%BF%AE%E8%94%B5%E6%8B%9B%E9%AD%82%E7%A2%91」より作成

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