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西超勝寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年9月30日 (月)

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'''超勝寺'''は福井県福井市藤島町にある[[浄土真宗]]寺院。[[浄土真宗本願寺派]]。[[超勝寺]]の後継寺院。[[西本願寺]]の[[別格別院]]だった。近くに大谷派の[[東超勝寺]]もある。
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'''超勝寺'''は福井県福井市藤島町にある[[浄土真宗]]寺院。[[浄土真宗本願寺派]]。[[超勝寺]]の後継寺院。[[西本願寺]]の[[別格別院]]だった。近くに大谷派の[[東超勝寺]]もある。山号は白藤山。
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[[岡倉天心]]の岡倉家の菩提寺
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==歴史==
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*永禄年間(1558-1570):加賀から越前国藤島の旧地に帰還
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*江戸時代初期:本願寺の東西分立と共に超勝寺も東西に分立。
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*1611年(慶長16年):院家に列す[https://dl.ndl.go.jp/pid/1172716/1/62]
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*1791年(寛政3年):本願寺18世文如、蓮如御文章に奥書を付して下賜。
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*1882年(明治15年):別格別院となる。
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*1932年(昭和7年):法嗣問題に関連して四井に長松寺が分立する。
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*1935年(昭和10年)2月8日:別格別院[https://dl.ndl.go.jp/pid/1172716/1/62]。本願寺門主が住職を兼務[https://dl.ndl.go.jp/pid/12265841/1/298]
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*1937年(昭和12年):男爵壬生照弘が住職となる。
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*1948年(昭和23年):福井地震で倒壊[https://dl.ndl.go.jp/pid/12265841/1/298]。
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(日本歴史地名大系)
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*長松寺文書:解題[https://dl.ndl.go.jp/pid/9540995/1/424]
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**西超勝寺年中勤行記[https://dl.ndl.go.jp/pid/9540995/1/233]
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*1980『円山東村史 歴史篇』「長松寺」[https://dl.ndl.go.jp/pid/9538393/1/261]
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*『吉田郡誌』「超勝寺」[https://dl.ndl.go.jp/pid/9539913/1/245]
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*『真宗大辞典3』[https://dl.ndl.go.jp/pid/1172716/1/62]
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[[Category:福井県]]
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2024年9月30日 (月) 時点における最新版

西超勝寺-13.jpg

超勝寺は福井県福井市藤島町にある浄土真宗寺院。浄土真宗本願寺派超勝寺の後継寺院。西本願寺別格別院だった。近くに大谷派の東超勝寺もある。山号は白藤山。 岡倉天心の岡倉家の菩提寺

目次

歴史

  • 永禄年間(1558-1570):加賀から越前国藤島の旧地に帰還
  • 江戸時代初期:本願寺の東西分立と共に超勝寺も東西に分立。
  • 1611年(慶長16年):院家に列す[1]
  • 1791年(寛政3年):本願寺18世文如、蓮如御文章に奥書を付して下賜。
  • 1882年(明治15年):別格別院となる。
  • 1932年(昭和7年):法嗣問題に関連して四井に長松寺が分立する。
  • 1935年(昭和10年)2月8日:別格別院[2]。本願寺門主が住職を兼務[3]
  • 1937年(昭和12年):男爵壬生照弘が住職となる。
  • 1948年(昭和23年):福井地震で倒壊[4]

(日本歴史地名大系)

子院

  • 大光寺
  • 巌浄寺

組織

住職

  • 8准照:権大僧都
  • 12寂超:鍵役。巡讃。
  • 壬生照弘(1917-)<1937->:壬生泰正。壬生家当主。男爵。壬生泰弘の長男。母は義子(大谷光尊三女)。1917年(大正6年)生。1937年(昭和12年)5月、超勝寺住職。
  • 壬生照泰(1954-)<>:壬生泰幸。1954年(昭和29年)生。1976年(昭和51年)龍谷大学短期大学部仏教科卒。


画像


資料

  • 長松寺文書:解題[5]
    • 西超勝寺年中勤行記[6]
  • 1980『円山東村史 歴史篇』「長松寺」[7]
  • 『吉田郡誌』「超勝寺」[8]
  • 1970『日本社寺大観 寺院篇』[9]
  • 『真宗大辞典3』[10]
https://shinden.boo.jp/wiki/%E8%A5%BF%E8%B6%85%E5%8B%9D%E5%AF%BA」より作成

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