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多田院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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(?歴代住職)
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*尊員(1756-1819)<>:西大寺長老59。1789年3月4日、江戸城白書院で多田院別当に任命[https://dl.ndl.go.jp/pid/9573519/1/206]。
*尊員(1756-1819)<>:西大寺長老59。1789年3月4日、江戸城白書院で多田院別当に任命[https://dl.ndl.go.jp/pid/9573519/1/206]。
*尊澄()<>:西大寺妙光院を経て1791年2月4日、多田院別当[https://dl.ndl.go.jp/pid/9573519/1/206][https://dl.ndl.go.jp/pid/1917812/1/137?keyword=%E5%A4%9A%E7%94%B0%E9%99%A2%E4%BD%8F]。
*尊澄()<>:西大寺妙光院を経て1791年2月4日、多田院別当[https://dl.ndl.go.jp/pid/9573519/1/206][https://dl.ndl.go.jp/pid/1917812/1/137?keyword=%E5%A4%9A%E7%94%B0%E9%99%A2%E4%BD%8F]。
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*蓮秀()<>:1867年在職[https://dl.ndl.go.jp/pid/3009468/1/639]
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*蓮秀()<>:1867年在職[https://dl.ndl.go.jp/pid/3009468/1/639]。香川兵部か???。
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*延美()<>:最後の別当。西大寺三光院に住す。還俗して多田神社に奉仕。上司延美。上司宮内。上司小剣の父。
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[[category:兵庫県]]
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2024年11月20日 (水) 時点における版

多田院は、兵庫県川西市にあった源氏ゆかりの寺院。当初は天台宗だったが、後に真言律宗となり西大寺の末寺となった。多田神社と一体だったため、神仏分離で廃絶した。関東祈祷所

組織

歴代住職

  • 源賢()<>:多田院開山。源満仲の三男という。天台宗。
  • 忍性(1217-1303)<1275->:中興。真言律宗。1275年、多田院別当。
  • 順忍(1265-1326)<>:鎌倉極楽寺長老3世。忍性の弟子。1316年在職[1]
  • 明悟()<>:西大寺一室院を経て1430/12/26将軍義教の命で多田院住職[2]
  • 尊珠(1489-1573)<>:西大寺長老40世。1563年在職[3]
  • 知空()<>:学薗院律師
  • 尊信(1615-1691)<>:西大寺長老51世。元興寺極楽坊に住す。1682年在職[4]。1616年在職[5]
  • 智栄()<>:多田院を中興。1663年在職。月山と号す。
  • 26尊光()<>:1693年在職。隆光と関係。26世という[6]
  • 弘尊()<>:矢追秀盛の次男[7]。西大寺龍蔵院を経て1774年、多田院別当。2月9日江戸城登城[8]。天明8年死去。円諄。
  • 尊員(1756-1819)<>:西大寺長老59。1789年3月4日、江戸城白書院で多田院別当に任命[9]
  • 尊澄()<>:西大寺妙光院を経て1791年2月4日、多田院別当[10][11]
  • 蓮秀()<>:1867年在職[12]。香川兵部か???。
https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%9A%E7%94%B0%E9%99%A2」より作成

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