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多賀大社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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(?宮司)
(?宮司)
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*大岡宗延()<>:祠掌。
*大岡宗延()<>:祠掌。
*宇津木久岑(1833-1896)<>:祠官。
*宇津木久岑(1833-1896)<>:祠官。
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===宮司===
===宮司===
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*1宇津木久岑(1833-1896)<1885-1893>:彦根藩士。[[多賀教会]]を設立。1885年4月28日多賀大社宮司。1893年10月25日退任[https://dl.ndl.go.jp/pid/2946363/1/1]。1894年[[日吉大社]]宮司。
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{|class="wikitable"
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*2芳賀真咲(1841-1906)<1893-1898>:福井藩出身の神祇官僚。1893年11月6日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2946372/1/1]。1898年11月25日、[[湊川神社]]宮司に転任[https://dl.ndl.go.jp/pid/2947914/1/2]。(略歴は、[[塩竈神社#組織]]を参照)
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*3石丸忠胤(1840-?)<1898-1900>:歌人。伊予国出身。新潟県に勤務。[[弥彦神社]]宮司。[[貴船神社]]宮司。1898年11月25日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2947914/1/2]。1900年(明治33年)3月31日、[[忌部神社]]宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2948315/1/3]。没年不詳。
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!style="width:5%;"|代数
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*4岡部譲(1849-1937)<1900-1914>:国学者。[[賀茂真淵]]の子孫。1900年(明治33年)3月31日多賀大社宮司就任[https://dl.ndl.go.jp/pid/2948315/1/3]。官幣大社昇格を実現。1914年8月10日[[熱田神宮]]宮司に転任。(略歴は、[[伏見稲荷大社#組織]]を参照)
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*5木野戸勝隆(1854-1929)<1914-1918>:1914年8月10日多賀大社宮司。1918年7月8日[[賀茂別雷神社]]宮司に転任[https://dl.ndl.go.jp/pid/2953893/1/4]。
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!style="width:10%;"|生没
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*6長谷外余男(1890-1973)<1918-1934>:1918年7月8日多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2953893/1/4]。1934年(昭和9年)4月11日、[[橿原神宮]]宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2958656/1/3]。(略歴は、[[熱田神宮#組織]]を参照)
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!style="width:10%;"|在職
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*7高根政次郎(1882-1935)<1934-1935>:長田神社宮司を経て1934年(昭和9年)4月11日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2958656/1/3]。1935年(昭和10年)1月7日、現職で死去[https://dl.ndl.go.jp/pid/2958884/1/5]。
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!style="width:65%;"|略歴
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*8大和田貞策(1880-1947)<1935-1939>:東照宮宮司を経て1935年(昭和10年)1月14日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2958887/1/4]。1939年(昭和14年)6月24日、春日大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2960234/1/9]。(略歴は、[[春日大社#組織]]を参照)
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*9金原利道(-1946)<1939-1946>:神宮禰宜。[[沼名前神社]]宮司を経て1939年(昭和14年)6月24日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2960234/1/9]。1946年(昭和21年)死去。著書『社家の庭訓』。
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|1
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*10平田貫一(1883-1971)<1946-1946>:[[近江神宮]]宮司が兼務。
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|宇津木久岑
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*11西村為之助(1891-)<1946-1961>:滋賀県出身。1919年東京帝国大学文学部国史学科卒。同年内務省考証官補。1922年[[神宮皇学館]]教授。1926年神宮皇学館庶務部長。1933年神宮皇学館歴史学科主任。1942年神宮禰宜となり[[神宮神部署]]署長。1946年神宮奉賽部長。同年9月17日、多賀大社宮司。1957年(昭和32年)12月、[[滋賀県護国神社]]宮司を兼務。1961年(昭和36年)3月31日、多賀大社を退任し、滋賀県護国神社が本務となる。1965年(昭和40年)4月、退職。神社本庁評議員。西村為示。
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|1833-1896
-
*12三浦重義(1905-1986)<1961-1979>:神社本庁長老。島根県出身。1929年神宮皇学館本科卒。[[白山比咩神社]]主典、多賀大社主典を経て1937年[[玉祖神社]]宮司。1946年[[竈山神社]]宮司。1959年多賀大社権宮司。1961年3月31日から1979年(昭和54年)8月23日まで多賀大社宮司、滋賀県神社庁庁長。1986年(昭和61年)11月1日死去。
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|1885-1893
-
*13桜井勝之進(1909-2005)<1979-1990>:神社本庁総長を務めた戦後の神職。島根県出身。神宮皇学館卒。昭和32年、伊勢神宮禰宜。1975年、多賀大社権宮司。1979年(昭和54年)8月23日、多賀大社宮司。1987年(昭和62年)神社本庁総長。1990年(平成2年)3月25日、多賀大社宮司退任。皇学館大学理事長。
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|彦根藩士。[[多賀教会]]を設立。1885年4月28日多賀大社宮司。1893年10月25日退任[https://dl.ndl.go.jp/pid/2946363/1/1]。1894年[[日吉大社]]宮司。
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*14大口善有(1921-1997)<1990-1997>:神社本庁長老。滋賀県出身。1942年神宮皇学館本科卒。1948年多賀大社権禰宜。1950年[[熱田神宮]]権禰宜。1962年多賀大社権禰宜。1963年禰宜。1979年権宮司。1990年(平成2年)3月25日宮司。1997年(平成9年)1月14日、現職で死去。
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*15中野幸彦(1936-)<1997-2011>:愛知県出身。日本大学文学部卒。権宮司を経て1997年3月1日、多賀大社宮司。2011年(平成23年)定年退職。2006年から2008年まで[[日吉大社]]宮司を兼務。
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|2
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*16木村光伸(1944-)<2011-2015>:多賀町出身。多賀大社御師末裔の家に生まれる。1944年(昭和19年)生。国学院大学文学部卒。[[生国魂神社]]、[[弥彦神社]]を経て1980年多賀大社に奉職。1998年禰宜。2007年権宮司。2011/7/1に多賀大社宮司就任。2015年(平成27年)退職。著書『歌仙絵の彼方に』。
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|芳賀真咲
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*17犬上岳(1948-2019)<2015-2019>:2012年多賀大社権宮司。2015年(平成27年)多賀大社宮司。2019年1月22日、現職で死去。70歳。
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|1841-1906
-
*18片岡秀和(1955-)<2019->:1955年(昭和30年)生。皇学館大学卒。2019年(令和1年)多賀大社宮司。
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|1893-1898
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|福井藩出身の神祇官僚。1893年11月6日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2946372/1/1]。1898年11月25日、[[湊川神社]]宮司に転任[https://dl.ndl.go.jp/pid/2947914/1/2]。(略歴は、[[塩竈神社#組織]]を参照)
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|石丸忠胤
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|1840-?
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|1898-1900
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|歌人。伊予国出身。新潟県に勤務。[[弥彦神社]]宮司。[[貴船神社]]宮司。1898年11月25日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2947914/1/2]。1900年(明治33年)3月31日、[[忌部神社]]宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2948315/1/3]。没年不詳。
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|岡部譲
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|1849-1937
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|国学者。[[賀茂真淵]]の子孫。1900年(明治33年)3月31日多賀大社宮司就任[https://dl.ndl.go.jp/pid/2948315/1/3]。官幣大社昇格を実現。1914年8月10日[[熱田神宮]]宮司に転任。(略歴は、[[伏見稲荷大社#組織]]を参照)
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|木野戸勝隆
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|長田神社宮司を経て1934年(昭和9年)4月11日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2958656/1/3]。1935年(昭和10年)1月7日、現職で死去[https://dl.ndl.go.jp/pid/2958884/1/5]。
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|大和田貞策
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|東照宮宮司を経て1935年(昭和10年)1月14日、多賀大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2958887/1/4]。1939年(昭和14年)6月24日、春日大社宮司[https://dl.ndl.go.jp/pid/2960234/1/9]。(略歴は、[[春日大社#組織]]を参照)
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|1891-
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|1946-1961
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|滋賀県出身。1919年東京帝国大学文学部国史学科卒。同年内務省考証官補。1922年[[神宮皇学館]]教授。1926年神宮皇学館庶務部長。1933年神宮皇学館歴史学科主任。1942年神宮禰宜となり[[神宮神部署]]署長。1946年神宮奉賽部長。同年9月17日、多賀大社宮司。1957年(昭和32年)12月、[[滋賀県護国神社]]宮司を兼務。1961年(昭和36年)3月31日、多賀大社を退任し、滋賀県護国神社が本務となる。1965年(昭和40年)4月、退職。神社本庁評議員。西村為示。
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|三浦重義
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|1905-1986
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|1961-1979
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|神社本庁長老。島根県出身。1929年神宮皇学館本科卒。[[白山比咩神社]]主典、多賀大社主典を経て1937年[[玉祖神社]]宮司。1946年[[竈山神社]]宮司。1959年多賀大社権宮司。1961年3月31日から1979年(昭和54年)8月23日まで多賀大社宮司、滋賀県神社庁庁長。1986年(昭和61年)11月1日死去。
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|桜井勝之進
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|1909-2005
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|神社本庁総長を務めた戦後の神職。島根県出身。神宮皇学館卒。昭和32年、伊勢神宮禰宜。1975年、多賀大社権宮司。1979年(昭和54年)8月23日、多賀大社宮司。1987年(昭和62年)神社本庁総長。1990年(平成2年)3月25日、多賀大社宮司退任。皇学館大学理事長。
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|大口善有
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|1921-1997
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|中野幸彦
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|1936-
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|1997-2011
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|愛知県出身。日本大学文学部卒。権宮司を経て1997年3月1日、多賀大社宮司。2011年(平成23年)定年退職。2006年から2008年まで[[日吉大社]]宮司を兼務。
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|16
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|木村光伸
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|1944-
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|2011-2015
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|多賀町出身。多賀大社御師末裔の家に生まれる。1944年(昭和19年)生。国学院大学文学部卒。[[生国魂神社]]、[[弥彦神社]]を経て1980年多賀大社に奉職。1998年禰宜。2007年権宮司。2011/7/1に多賀大社宮司就任。2015年(平成27年)退職。著書『歌仙絵の彼方に』。
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|犬上岳
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|1948-2019
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|2015-2019
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|2012年多賀大社権宮司。2015年(平成27年)多賀大社宮司。2019年1月22日、現職で死去。70歳。
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|片岡秀和
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|1955-
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|2019-
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|1955年(昭和30年)生。皇学館大学卒。2019年(令和1年)多賀大社宮司。
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===権宮司===
===権宮司===

2025年2月21日 (金) 時点における版

多賀大社
たが たいしゃ
概要 多賀神社の総本社。
奉斎 伊邪那岐命、伊邪那美命
(土岐昌訓論文)
所在地 滋賀県犬上郡多賀町多賀604
所在地(旧国郡) 近江国犬上郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社近江国三宮朱印地拝領神社官幣大社別表神社
関連記事 多賀信仰古事記神話登場神社


目次

概要

多賀大社(たが・たいしゃ)は、滋賀県犬上郡多賀町にある多賀信仰の総本社。式内社近江国三宮朱印地拝領神社官幣大社別表神社多賀大社関連旧跡も参照。

歴史

境内

組織

犬上氏が祭祀したと思われる。一時期には多賀氏が神主を称したとも。のち大神主、山田神主、日向神主の三職があり、大神主は川瀬家(犬上氏)が、山田神主は大賀家や八重練家が、日向神主は大岡家が世襲した。その他、大禰宜の車戸家も有名。

祠掌・祠官

  • 大岡宗延()<>:祠掌。
  • 宇津木久岑(1833-1896)<>:祠官。

宮司

代数 名前 生没 在職 略歴
1 宇津木久岑 1833-1896 1885-1893 彦根藩士。多賀教会を設立。1885年4月28日多賀大社宮司。1893年10月25日退任[1]。1894年日吉大社宮司。
2 芳賀真咲 1841-1906 1893-1898 福井藩出身の神祇官僚。1893年11月6日、多賀大社宮司[2]。1898年11月25日、湊川神社宮司に転任[3]。(略歴は、塩竈神社#組織を参照)
3 石丸忠胤 1840-? 1898-1900 歌人。伊予国出身。新潟県に勤務。弥彦神社宮司。貴船神社宮司。1898年11月25日、多賀大社宮司[4]。1900年(明治33年)3月31日、忌部神社宮司[5]。没年不詳。
4 岡部譲 1849-1937 1900-1914 国学者。賀茂真淵の子孫。1900年(明治33年)3月31日多賀大社宮司就任[6]。官幣大社昇格を実現。1914年8月10日熱田神宮宮司に転任。(略歴は、伏見稲荷大社#組織を参照)
5 木野戸勝隆 1854-1929 1914-1918 1914年8月10日多賀大社宮司。1918年7月8日賀茂別雷神社宮司に転任[7]
6 長谷外余男 1890-1973 1918-1934 1918年7月8日多賀大社宮司[8]。1934年(昭和9年)4月11日、橿原神宮宮司[9]。(略歴は、熱田神宮#組織を参照)
7 高根政次郎 1882-1935 1934-1935 長田神社宮司を経て1934年(昭和9年)4月11日、多賀大社宮司[10]。1935年(昭和10年)1月7日、現職で死去[11]
8 大和田貞策 1880-1947 1935-1939 東照宮宮司を経て1935年(昭和10年)1月14日、多賀大社宮司[12]。1939年(昭和14年)6月24日、春日大社宮司[13]。(略歴は、春日大社#組織を参照)
9 金原利道
1939-1946 神宮禰宜。沼名前神社宮司を経て1939年(昭和14年)6月24日、多賀大社宮司[14]。1946年(昭和21年)死去。著書『社家の庭訓』。
10 平田貫一 1883-1971 1946-1946 近江神宮宮司が兼務。
11 西村為之助 1891- 1946-1961 滋賀県出身。1919年東京帝国大学文学部国史学科卒。同年内務省考証官補。1922年神宮皇学館教授。1926年神宮皇学館庶務部長。1933年神宮皇学館歴史学科主任。1942年神宮禰宜となり神宮神部署署長。1946年神宮奉賽部長。同年9月17日、多賀大社宮司。1957年(昭和32年)12月、滋賀県護国神社宮司を兼務。1961年(昭和36年)3月31日、多賀大社を退任し、滋賀県護国神社が本務となる。1965年(昭和40年)4月、退職。神社本庁評議員。西村為示。
12 三浦重義 1905-1986 1961-1979 神社本庁長老。島根県出身。1929年神宮皇学館本科卒。白山比咩神社主典、多賀大社主典を経て1937年玉祖神社宮司。1946年竈山神社宮司。1959年多賀大社権宮司。1961年3月31日から1979年(昭和54年)8月23日まで多賀大社宮司、滋賀県神社庁庁長。1986年(昭和61年)11月1日死去。
13 桜井勝之進 1909-2005 1979-1990 神社本庁総長を務めた戦後の神職。島根県出身。神宮皇学館卒。昭和32年、伊勢神宮禰宜。1975年、多賀大社権宮司。1979年(昭和54年)8月23日、多賀大社宮司。1987年(昭和62年)神社本庁総長。1990年(平成2年)3月25日、多賀大社宮司退任。皇学館大学理事長。
14 大口善有 1921-1997 1990-1997 神社本庁長老。滋賀県出身。1942年神宮皇学館本科卒。1948年多賀大社権禰宜。1950年熱田神宮権禰宜。1962年多賀大社権禰宜。1963年禰宜。1979年権宮司。1990年(平成2年)3月25日宮司。1997年(平成9年)1月14日、現職で死去。
15 中野幸彦 1936- 1997-2011 愛知県出身。日本大学文学部卒。権宮司を経て1997年3月1日、多賀大社宮司。2011年(平成23年)定年退職。2006年から2008年まで日吉大社宮司を兼務。
16 木村光伸 1944- 2011-2015 多賀町出身。多賀大社御師末裔の家に生まれる。1944年(昭和19年)生。国学院大学文学部卒。生国魂神社弥彦神社を経て1980年多賀大社に奉職。1998年禰宜。2007年権宮司。2011/7/1に多賀大社宮司就任。2015年(平成27年)退職。著書『歌仙絵の彼方に』。
17 犬上岳 1948-2019 2015-2019 2012年多賀大社権宮司。2015年(平成27年)多賀大社宮司。2019年1月22日、現職で死去。70歳。
18 片岡秀和 1955- 2019- 1955年(昭和30年)生。皇学館大学卒。2019年(令和1年)多賀大社宮司。

権宮司

  • 三浦重義(1905-)<1959-1961>:
  • 桜井勝之進(1909-2005)<1975-1979>:
  • 大口善有(1921-)<1979->:
  • 中野幸彦(1936-)<>:
  • 藤村滋(-2006)<-2006>:
  • 木村光伸(1944-)<2007-2011>:
  • 犬上岳(1948-2019)<2012-2015>:
  • 片岡秀和()<>:

画像

資料

  • 『多賀神社縁起考抄』[15]:境内図
  • 『滋賀県神社由緒記』「多賀神社」[16]
  • 『多賀神社要覧』[17]

脚注

https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%A4%A7%E7%A4%BE」より作成

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