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近江犬上・山田神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年2月22日 (土)
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| - | '''山田神社''' | + | '''山田神社'''は滋賀県彦根市野田山町(近江国犬上郡)にある神社。祭神は[[猿田彦大神]]。[[官社]]。[[多賀大社]]境外摂社。[[多賀大社関連旧跡]]。(参考:同名神社[[山田神社]]) |
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| + | ==歴史== | ||
| + | *766年(天平神護2年):朝廷、神封を多賀大社(田鹿神)に6戸、山田神社に5戸、[[日向神社]]に2戸を寄進。(新抄格勅符抄) | ||
| + | *923年(延長1年):『延喜式』編纂。「多何神社2座」「日向神社」「山田神社」とある。坂田郡にも「[[近江坂田・山田神社|山田神社]]」が記される。 | ||
| + | *928年(延長6年)5月2日:神階授与(扶桑略記。「犬上郡山田明神位記請印」としか記さない)。 | ||
| + | *近世初期:護摩堂があった(社頭古絵図)。 | ||
| + | *1558年(永禄1年)12月:六角氏、山田山の立木伐採の禁制[https://dl.ndl.go.jp/pid/1175629/1/57]。 | ||
| + | *1565年(永禄8年)2月:浅井長政、山田山の神木伐採の禁制[https://dl.ndl.go.jp/pid/1175629/1/58]。 | ||
| + | *1615年(元和1年)3月:多賀大社本社境内に遷座を決定[https://dl.ndl.go.jp/pid/1175629/1/153]。 | ||
| + | *1616年(元和2年)12月1日:遷座(慈性日記)。延岡藩主有馬直純によるもので、[[延暦寺]]から覚林坊という僧侶が下向して奉仕したらしい。参詣曼荼羅に描かれる。 | ||
| + | *1633年(寛永10年)8月29日:外遷宮[https://dl.ndl.go.jp/pid/1175629/1/118]。 | ||
| + | *1635年(寛永12年)4月17日:奉行立ち会いのもと、山田神社の鎮座地を旧地の1町半ほど東に移転を決める[https://dl.ndl.go.jp/pid/1175629/1/119]。 | ||
| + | *1718年(享保3年)1月11日:若林強斎、庚申の日に山田神社の神主邸に宿泊[https://dl.ndl.go.jp/pid/12264573/1/154]。祭神の猿田彦神や庚申は[[垂加神道]]で重視された。 | ||
| + | *1866年(慶応2年)秋:台風で大破[https://dl.ndl.go.jp/pid/1175629/1/153]。 | ||
| + | *1880年(明治13年):倒壊? | ||
| + | *1882年(明治15年):多賀大社本社に合祀か。境内に遷座とも?。 | ||
| + | *1920年(大正9年)4月23日:山田村の旧地に境外末社として遷座復興[https://dl.ndl.go.jp/pid/12264573/1/51]。 本社の仮殿を用いたという[https://dl.ndl.go.jp/pid/1175629/1/153]。 | ||
| + | *1934年(昭和9年)3月10日:日向神社と山田神社を摂社に、16社を末社に指定[https://dl.ndl.go.jp/pid/12264573/1/82]。 | ||
| + | *1972年(昭和47年)9月16日:台風で背後の崖と共に崩れる。 | ||
| + | *1972年(昭和47年)9月17日:日向神社に遷座合祀。 | ||
| + | *1974年(昭和49年)4月13日:本殿を復興し遷座祭[https://dl.ndl.go.jp/pid/12264573/1/303]。 | ||
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2025年2月22日 (土) 時点における最新版
山田神社は滋賀県彦根市野田山町(近江国犬上郡)にある神社。祭神は猿田彦大神。官社。多賀大社境外摂社。多賀大社関連旧跡。(参考:同名神社山田神社)
歴史
- 766年(天平神護2年):朝廷、神封を多賀大社(田鹿神)に6戸、山田神社に5戸、日向神社に2戸を寄進。(新抄格勅符抄)
- 923年(延長1年):『延喜式』編纂。「多何神社2座」「日向神社」「山田神社」とある。坂田郡にも「山田神社」が記される。
- 928年(延長6年)5月2日:神階授与(扶桑略記。「犬上郡山田明神位記請印」としか記さない)。
- 近世初期:護摩堂があった(社頭古絵図)。
- 1558年(永禄1年)12月:六角氏、山田山の立木伐採の禁制[1]。
- 1565年(永禄8年)2月:浅井長政、山田山の神木伐採の禁制[2]。
- 1615年(元和1年)3月:多賀大社本社境内に遷座を決定[3]。
- 1616年(元和2年)12月1日:遷座(慈性日記)。延岡藩主有馬直純によるもので、延暦寺から覚林坊という僧侶が下向して奉仕したらしい。参詣曼荼羅に描かれる。
- 1633年(寛永10年)8月29日:外遷宮[4]。
- 1635年(寛永12年)4月17日:奉行立ち会いのもと、山田神社の鎮座地を旧地の1町半ほど東に移転を決める[5]。
- 1718年(享保3年)1月11日:若林強斎、庚申の日に山田神社の神主邸に宿泊[6]。祭神の猿田彦神や庚申は垂加神道で重視された。
- 1866年(慶応2年)秋:台風で大破[7]。
- 1880年(明治13年):倒壊?
- 1882年(明治15年):多賀大社本社に合祀か。境内に遷座とも?。
- 1920年(大正9年)4月23日:山田村の旧地に境外末社として遷座復興[8]。 本社の仮殿を用いたという[9]。
- 1934年(昭和9年)3月10日:日向神社と山田神社を摂社に、16社を末社に指定[10]。
- 1972年(昭和47年)9月16日:台風で背後の崖と共に崩れる。
- 1972年(昭和47年)9月17日:日向神社に遷座合祀。
- 1974年(昭和49年)4月13日:本殿を復興し遷座祭[11]。