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朝熊神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年5月8日 (木)

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'''朝熊神社'''(あさくま・じんじゃ)は三重県伊勢市朝熊町(伊勢国度会郡)にある神社。[[朝熊山]]の麓にある。[[伊勢神宮所管宮社]]の一つで、[[伊勢神宮]][[内宮]]摂社の首位。'''小朝熊社'''、'''小朝熊神社'''ともいう。
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'''朝熊神社'''(あさくま・じんじゃ)は三重県伊勢市朝熊町(伊勢国度会郡)にある神社。祭神は[[大歳神]]・苔虫神・朝熊水神。[[朝熊山]]の麓にある。[[伊勢神宮所管宮社]]の一つで、[[伊勢神宮]][[内宮]]摂社の首位。[[官社]]。'''小朝熊社'''、'''小朝熊神社'''、'''小朝熊宮'''、'''鏡宮'''、'''桜宮'''ともいう。
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[[朝熊御前神社]]が同座する。近くに[[鏡宮神社]]がある。
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[[朝熊御前神社]]と並ぶ。近くに[[鏡宮神社]]、[[鹿海貯木場]]跡がある。
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かつて内宮宮域の[[由貴御倉]]の東南に「桜宮石壇」があり、朝熊神社の神事を行う場所だった(現在の四至神のあたりか)
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== 祭神 ==
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*延暦儀式帳:桜大刀自、苔虫神、朝熊水神(いずれも石に鎮座)
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*御鎮座伝記:櫛玉命、保於止志神、桜大刀自神、苔虫神、大山祇、朝熊水神
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*倭姫命世記:大歳神
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儀式帳の朝熊神社の項目に「大歳神社祭」とあることなどから桜大刀自が大歳神と解釈しているようだ(神宮要綱)。この大歳神は古事記に登場する大歳神とは別系統らしく、独自の神系図を有している。
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== 歴史 ==
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*垂仁天皇27年:[[倭姫命]]が真鶴の奇瑞により創建。
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*延暦:延暦儀式帳に記載
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*927年:延喜式に記載
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*1163年3月11日:神宮祭主から朝廷へ朝熊神社の神鏡紛失が報告され、協議。
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*1163年5月6日:朝廷、勅使を派遣して神鏡紛失を謝罪する。「神宮上卿」常置の契機になったと考えられている。
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*建久(1190-1199):[[醍醐寺]]勝賢が参詣。種子が出現したという。
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*1199年5月26日:神鏡2面のうち1面を紛失と朝廷に報告。8月15日勅使。
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*1230年8月5日:1199年紛失の神鏡について、盗難の犯人とされる僧侶が、京都[[稲荷山]]に埋めたと自白。12月帰座。
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*1234年1月:神鏡盗難。5月帰座。
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*1269年11月:神鏡紛失。翌年1月帰座。
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*1273年3月17日:[[西大寺]][[叡尊]]が参拝。桜樹について記す。
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*1663年:寛文の摂末社再興により現在地に再建。合わせて、神鏡があったとみられる、山下の水厓の奇岩近くに「御前社」を復興したが、年代不詳だが後に「御前社」は朝熊神社に西隣に改められて再建され、水厓の社は鏡宮神社として独立した。(神宮要綱)
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*1689年:鏡宮神社、造替(神宮年表)
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*1709年:朝熊神社、造替(神宮年表)
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*1717年:鏡宮神社、修造(神宮年表)
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*1725年:朝熊神社、修造(神宮年表)
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*1749年:鏡宮神社、神遷(神宮年表)
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*1750年:朝熊神社神遷。(神宮年表)
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*1792年:朝熊神社神遷。(神宮年表)
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*1818年:朝熊神社・鏡宮神社、神遷(神宮年表)
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*1847年:朝熊神社・朝熊御前神社・鏡宮神社、神遷(神宮年表)
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*1872年:鏡宮神社、地方庁に移管。(神宮要綱)
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*1875年:鏡宮神社、皇大神宮末社に列す(神宮年表)
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*1876年:鏡宮神社、神宮の管轄に復帰して末社に列す。(神宮要綱)
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==資料==
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*『小朝熊社神鏡沙汰文』:『群書類従』[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2941534/183]
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*1342『太神宮参詣記』「小朝熊宮并神鏡」[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1913666/38]
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*『小朝熊神社古記類編』:龍野煕近著。
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*『小朝熊神社弁正記』:龍野煕近著。
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*『神宮典略』「摂社祭神系」[https://books.google.co.jp/books?id=tVQgHBJo2VAC&pg=PP93]、「小朝熊神社」[https://books.google.co.jp/books?id=tVQgHBJo2VAC&pg=PP105]
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*『神都名勝誌』「朝熊神社」[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/765768/22]
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*『神宮要綱』「朝熊神社」[https://books.google.co.jp/books?id=JaXeARt9LHQC&pg=PP169]、「鏡宮神社」[https://books.google.co.jp/books?id=JaXeARt9LHQC&hl=ja&pg=PP205]
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*森田武雄1952「朝熊神社小考』[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/4430723/19]
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*村田希2013「『小朝熊社神鏡沙汰文』編者に関する一考察」『神道史研究』61-2
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2025年5月8日 (木) 時点における最新版

朝熊神社(あさくま・じんじゃ)は三重県伊勢市朝熊町(伊勢国度会郡)にある神社。祭神は大歳神・苔虫神・朝熊水神。朝熊山の麓にある。伊勢神宮所管宮社の一つで、伊勢神宮内宮摂社の首位。官社小朝熊社小朝熊神社小朝熊宮鏡宮桜宮ともいう。 朝熊御前神社と並ぶ。近くに鏡宮神社鹿海貯木場跡がある。 かつて内宮宮域の由貴御倉の東南に「桜宮石壇」があり、朝熊神社の神事を行う場所だった(現在の四至神のあたりか)

祭神

  • 延暦儀式帳:桜大刀自、苔虫神、朝熊水神(いずれも石に鎮座)
  • 御鎮座伝記:櫛玉命、保於止志神、桜大刀自神、苔虫神、大山祇、朝熊水神
  • 倭姫命世記:大歳神

儀式帳の朝熊神社の項目に「大歳神社祭」とあることなどから桜大刀自が大歳神と解釈しているようだ(神宮要綱)。この大歳神は古事記に登場する大歳神とは別系統らしく、独自の神系図を有している。

歴史

  • 垂仁天皇27年:倭姫命が真鶴の奇瑞により創建。
  • 延暦:延暦儀式帳に記載
  • 927年:延喜式に記載
  • 1163年3月11日:神宮祭主から朝廷へ朝熊神社の神鏡紛失が報告され、協議。
  • 1163年5月6日:朝廷、勅使を派遣して神鏡紛失を謝罪する。「神宮上卿」常置の契機になったと考えられている。
  • 建久(1190-1199):醍醐寺勝賢が参詣。種子が出現したという。
  • 1199年5月26日:神鏡2面のうち1面を紛失と朝廷に報告。8月15日勅使。
  • 1230年8月5日:1199年紛失の神鏡について、盗難の犯人とされる僧侶が、京都稲荷山に埋めたと自白。12月帰座。
  • 1234年1月:神鏡盗難。5月帰座。
  • 1269年11月:神鏡紛失。翌年1月帰座。
  • 1273年3月17日:西大寺叡尊が参拝。桜樹について記す。
  • 1663年:寛文の摂末社再興により現在地に再建。合わせて、神鏡があったとみられる、山下の水厓の奇岩近くに「御前社」を復興したが、年代不詳だが後に「御前社」は朝熊神社に西隣に改められて再建され、水厓の社は鏡宮神社として独立した。(神宮要綱)
  • 1689年:鏡宮神社、造替(神宮年表)
  • 1709年:朝熊神社、造替(神宮年表)
  • 1717年:鏡宮神社、修造(神宮年表)
  • 1725年:朝熊神社、修造(神宮年表)
  • 1749年:鏡宮神社、神遷(神宮年表)
  • 1750年:朝熊神社神遷。(神宮年表)
  • 1792年:朝熊神社神遷。(神宮年表)
  • 1818年:朝熊神社・鏡宮神社、神遷(神宮年表)
  • 1847年:朝熊神社・朝熊御前神社・鏡宮神社、神遷(神宮年表)
  • 1872年:鏡宮神社、地方庁に移管。(神宮要綱)
  • 1875年:鏡宮神社、皇大神宮末社に列す(神宮年表)
  • 1876年:鏡宮神社、神宮の管轄に復帰して末社に列す。(神宮要綱)

資料

  • 『小朝熊社神鏡沙汰文』:『群書類従』[1]
  • 1342『太神宮参詣記』「小朝熊宮并神鏡」[2]
  • 『小朝熊神社古記類編』:龍野煕近著。
  • 『小朝熊神社弁正記』:龍野煕近著。
  • 『神宮典略』「摂社祭神系」[3]、「小朝熊神社」[4]
  • 『神都名勝誌』「朝熊神社」[5]
  • 『神宮要綱』「朝熊神社」[6]、「鏡宮神社」[7]
  • 森田武雄1952「朝熊神社小考』[8]
  • 村田希2013「『小朝熊社神鏡沙汰文』編者に関する一考察」『神道史研究』61-2
https://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9C%9D%E7%86%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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