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常栄寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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1564年(永禄7年)、毛利家が山口に移転すると、付き従って移転し、山口にあった大内氏菩提寺の国清寺に合併した。 | 1564年(永禄7年)、毛利家が山口に移転すると、付き従って移転し、山口にあった大内氏菩提寺の国清寺に合併した。 | ||
2011年9月8日 (木) 時点における版
香山 常栄寺は、毛利元就の嫡子毛利隆元の菩提寺である。臨済宗東福寺派。 本尊は千手千眼観音である。
毛利元就が、変死した毛利隆元の菩提寺として安芸吉田郡山城内に、竺雲恵心(東福寺第213世。仏智大昭国師)を招いて創建した。現在も吉田郡山城跡には常栄寺跡地や毛利隆元の墓地がある。
1564年(永禄7年)、毛利家が山口に移転すると、付き従って移転し、山口にあった大内氏菩提寺の国清寺に合併した。
幕末の藩庁の山口移転に伴い、洞春寺が山口に移転してくると、寺地を洞春寺に明け渡して、妙寿寺の地に移転した。妙寿寺は廃絶となった。
現在地である妙寿寺旧地は、元は妙喜寺という大内氏の寺院だった。その妙喜寺時代には雪舟が訪れて、庭園を築造している 1926年(昭和1年)、火災により本堂、庫裏、書院、雪舟堂を焼失。のち再建した。毘沙門堂がある。