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函館護国神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| - | '''函館護国神社''' | + | '''函館護国神社'''(はこだて・ごこくじんじゃ)は、北海道函館市にある、道内(一部)の戦没者など11950柱(『百年史』)を祀る[[招魂社]]。[[内務大臣指定護国神社]]。道内には他の指定社として[[札幌護国神社]]、[[北海道護国神社]]があるが、当社は他2社と違い、明治初年の戊辰戦争(函館戦争)の官軍戦没者を祭ったことに起源があるのが特徴である。官軍戦没者の墓である[[函館官修墳墓]]が現存している。いわゆる護国神社様式の社殿を持つ。戦後、占領中は'''潮見丘神社'''と称した。[[官祭招魂社]]時代は、'''函館招魂社'''と呼ばれた。1km西南の、函館山の反対側には、幕府軍戦没者を祀る[[碧血碑]]がある。 |
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| + | == 参考文献・史料 == | ||
| + | *絵図史料 | ||
| + | **1874年(明治7年)「函館招魂社修繕関係図」(北海道立文書館所蔵・簿書5794 (40)・『近世幕末期・明治前期描画図資料目録』収録番号3519) | ||
| + | **1876年(明治9年)「函館招魂場墓碑略絵図」(北海道立文書館所蔵・簿書5845 (10)・『資料目録』収録番号3520) | ||
| + | **1878年(明治11年)「函館招魂社并添地略図」(北海道立文書館所蔵・簿書2731 (98)・『資料目録』収録番号3521) | ||
| + | **1879年(明治12年)「招魂社脇松樹移植地の図」(北海道立文書館所蔵・簿書3375 (90)・『資料目録』収録番号2841) | ||
| + | **1883年(明治16年)「函館招魂社鳥居建替仕様図」(北海道立文書館所蔵・簿書8429 (4)・『資料目録』収録番号3522) | ||
| + | **1883年(明治16年)「函館区汐見町招魂社前官宅地の盛土図及び官舎平面図」(北海道立文書館所蔵・簿書8429 (6)・『資料目録』収録番号599) | ||
| + | **「函館招魂社付近割区絵図」(北海道立文書館所蔵・簿書番外7 (1-7)・『資料目録』収録番号181) | ||
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2016年5月22日 (日) 時点における版
函館護国神社(はこだて・ごこくじんじゃ)は、北海道函館市にある、道内(一部)の戦没者など11950柱(『百年史』)を祀る招魂社。内務大臣指定護国神社。道内には他の指定社として札幌護国神社、北海道護国神社があるが、当社は他2社と違い、明治初年の戊辰戦争(函館戦争)の官軍戦没者を祭ったことに起源があるのが特徴である。官軍戦没者の墓である函館官修墳墓が現存している。いわゆる護国神社様式の社殿を持つ。戦後、占領中は潮見丘神社と称した。官祭招魂社時代は、函館招魂社と呼ばれた。1km西南の、函館山の反対側には、幕府軍戦没者を祀る碧血碑がある。
参考文献・史料
- 絵図史料
- 1874年(明治7年)「函館招魂社修繕関係図」(北海道立文書館所蔵・簿書5794 (40)・『近世幕末期・明治前期描画図資料目録』収録番号3519)
- 1876年(明治9年)「函館招魂場墓碑略絵図」(北海道立文書館所蔵・簿書5845 (10)・『資料目録』収録番号3520)
- 1878年(明治11年)「函館招魂社并添地略図」(北海道立文書館所蔵・簿書2731 (98)・『資料目録』収録番号3521)
- 1879年(明治12年)「招魂社脇松樹移植地の図」(北海道立文書館所蔵・簿書3375 (90)・『資料目録』収録番号2841)
- 1883年(明治16年)「函館招魂社鳥居建替仕様図」(北海道立文書館所蔵・簿書8429 (4)・『資料目録』収録番号3522)
- 1883年(明治16年)「函館区汐見町招魂社前官宅地の盛土図及び官舎平面図」(北海道立文書館所蔵・簿書8429 (6)・『資料目録』収録番号599)
- 「函館招魂社付近割区絵図」(北海道立文書館所蔵・簿書番外7 (1-7)・『資料目録』収録番号181)