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中川寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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本尊は[[大日如来]]。文明13年(1481)、寺内で騒乱が起き、伽藍焼失。細々と明治時代初年まで続いたらしい。 | 本尊は[[大日如来]]。文明13年(1481)、寺内で騒乱が起き、伽藍焼失。細々と明治時代初年まで続いたらしい。 | ||
現在、実範の墓と伝わる塔が残り、周辺には薬師、東福、地蔵院、清浄院などの字名が整地されたらしい平地とともにある。 | 現在、実範の墓と伝わる塔が残り、周辺には薬師、東福、地蔵院、清浄院などの字名が整地されたらしい平地とともにある。 | ||
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2017年9月10日 (日) 時点における版
中川寺(なかがわでら)は、奈良県奈良市にあった南都仏教寺院。根本成身院と号す。
天永3年(1112)、興福寺などで学んだ実範が創建した。南山進流声明の発祥地。 本尊は大日如来。文明13年(1481)、寺内で騒乱が起き、伽藍焼失。細々と明治時代初年まで続いたらしい。 現在、実範の墓と伝わる塔が残り、周辺には薬師、東福、地蔵院、清浄院などの字名が整地されたらしい平地とともにある。 梵鐘が神戸徳照寺に伝わる。近くには鳴川寺があった。 (日本歴史地名大系)