ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

百済寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
1行: 1行:
-
'''百済寺'''は、滋賀県東近江市にある[[天台宗]]寺院。古代の[[天台別院]]。(参考:同名寺院[[百済寺_(同名)]])
+
'''百済寺'''(ひゃくさいじ)は、滋賀県東近江市にある[[天台宗]]寺院。本尊は十一面観音。古代の[[天台別院]]。[[金剛輪寺]]・[[西明寺]]と共に湖東三山と呼ばれる。山号は釈迦山。(参考:同名寺院[[百済寺_(同名)]])
 +
== 歴史 ==
 +
推古14年、[[聖徳太子]]が百済国龍雲寺を模して創建したと伝える。
 +
平安時代、[[延暦寺]]の末寺となり、後には延暦寺内の[[無動寺]]の末寺となっていた。
 +
天福元年(1233)、[[法性寺]]座主慈賢が百済寺に隠棲。
 +
足利義尚は長享元年(1487)の第一次六角征伐で陣を置いた。
 +
明応元年(1492)の第二次六角征伐では足利義材が伽藍を焼き払った。さらに6年後にも失火炎上している。
 +
文亀3年(1503)、兵火で焼失。
 +
 +
元亀4年(1573)、[[織田信長]]が焼き払った。
 +
天正12年(1584)再建。[[徳川家康]]が寺領100石を寄進。
 +
慶安5年(1652)、現在の本堂が建てられた。
 +
(日本歴史地名大系)
[[category:滋賀県]]
[[category:滋賀県]]

2017年9月19日 (火) 時点における版

百済寺(ひゃくさいじ)は、滋賀県東近江市にある天台宗寺院。本尊は十一面観音。古代の天台別院金剛輪寺西明寺と共に湖東三山と呼ばれる。山号は釈迦山。(参考:同名寺院百済寺_(同名)

歴史

推古14年、聖徳太子が百済国龍雲寺を模して創建したと伝える。 平安時代、延暦寺の末寺となり、後には延暦寺内の無動寺の末寺となっていた。 天福元年(1233)、法性寺座主慈賢が百済寺に隠棲。

足利義尚は長享元年(1487)の第一次六角征伐で陣を置いた。 明応元年(1492)の第二次六角征伐では足利義材が伽藍を焼き払った。さらに6年後にも失火炎上している。 文亀3年(1503)、兵火で焼失。

元亀4年(1573)、織田信長が焼き払った。 天正12年(1584)再建。徳川家康が寺領100石を寄進。 慶安5年(1652)、現在の本堂が建てられた。 (日本歴史地名大系)

https://shinden.boo.jp/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール