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豊烈神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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== 歴史 == | == 歴史 == | ||
1821年、水野忠邦は浜松城内に藩祖水野忠元の霊を祀り、朝廷から(?)「豊烈霊神」の号を授けられたという。 | 1821年、水野忠邦は浜松城内に藩祖水野忠元の霊を祀り、朝廷から(?)「豊烈霊神」の号を授けられたという。 | ||
1848年、山形移封で山形城内に遷座。 | 1848年、山形移封で山形城内に遷座。 | ||
| - | + | 明治維新後、1870年、水野家の発祥地の下総山川の[[下総・万松寺]]跡に遷座。 | |
1880年、旧臣らが下総山川から分霊を祀り、現在地に豊烈神社を創建。 | 1880年、旧臣らが下総山川から分霊を祀り、現在地に豊烈神社を創建。 | ||
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1921年、水野忠邦を合祀。 | 1921年、水野忠邦を合祀。 | ||
| - | + | 1955年、官軍に処刑された家老水野元宣ら維新殉難者を合祀。 | |
| - | + | (神社ウェブサイトほか) | |
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2018年11月27日 (火) 時点における版
豊烈神社は、山形県山形市桜町にある水野忠元・水野忠邦を祀る霊社。祭神は豊烈霊神(水野忠元)、英烈霊神(水野忠邦)、八坂大神、稲荷大神、山ノ神、明治維新殉難者24柱。領主奉斎神社。戊辰戦争賊軍殉難者を祀る招魂社の性格も持っている。
歴史
1821年、水野忠邦は浜松城内に藩祖水野忠元の霊を祀り、朝廷から(?)「豊烈霊神」の号を授けられたという。 1848年、山形移封で山形城内に遷座。 明治維新後、1870年、水野家の発祥地の下総山川の下総・万松寺跡に遷座。
1880年、旧臣らが下総山川から分霊を祀り、現在地に豊烈神社を創建。 1913年、本社であった下総山川の豊烈霊神を合祀合併。 1921年、水野忠邦を合祀。
1955年、官軍に処刑された家老水野元宣ら維新殉難者を合祀。
(神社ウェブサイトほか)