ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

鳥海月山両所宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年7月20日 (土)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
 
4行: 4行:
社伝によると、前九年の役で源頼義・源義家が陸奥平定に向かったとき、吹浦両所宮([[鳥海山大物忌神社吹浦里宮]])に戦勝を祈願した。1063年(康平6年)、凱旋のときに当地に分霊したという。「吉次の宮」。[[源義経]]が社殿等造営。北条氏も庇護した。1591年(天正19年)、山形城主最上義光が最上家の祈願所とし、[[真言宗]]成就院を移転させて別当とした。1595年(文禄4年)、1150石を寄進。1600年(慶長5年)に本殿造営。1648年(慶安1年)、幕府より朱印地689石寄進。1800年(寛政12年)に本殿造営。神仏分離により成就院は廃絶した。1873年(明治6年)郷社、1879年(明治12年)に県社となった。1961年(昭和36年)7月1日、別表神社となった。
社伝によると、前九年の役で源頼義・源義家が陸奥平定に向かったとき、吹浦両所宮([[鳥海山大物忌神社吹浦里宮]])に戦勝を祈願した。1063年(康平6年)、凱旋のときに当地に分霊したという。「吉次の宮」。[[源義経]]が社殿等造営。北条氏も庇護した。1591年(天正19年)、山形城主最上義光が最上家の祈願所とし、[[真言宗]]成就院を移転させて別当とした。1595年(文禄4年)、1150石を寄進。1600年(慶長5年)に本殿造営。1648年(慶安1年)、幕府より朱印地689石寄進。1800年(寛政12年)に本殿造営。神仏分離により成就院は廃絶した。1873年(明治6年)郷社、1879年(明治12年)に県社となった。1961年(昭和36年)7月1日、別表神社となった。
-
本殿は、右宮鳥海神社本殿と左宮月山神社から構成されている。右宮本殿は、1800年(寛政12年)の造営で、左宮本殿は1801年(享和1年)の造営である(山形市指定有形文化財「鳥海月山両所宮本殿」)。かつては本殿と同列に摂社城輪神社が祀られていた。城輪神社は、城輪柵の鎮守の出羽国二宮の[[城輪神社]](県社)よりの分霊だろうか。1926年(昭和1年)、城輪神社は本社拝殿造営のため、現在地に遷座した。城輪神社社殿は桃山時代の造営という。また伊勢神宮第60回式年遷宮(1973年(昭和48年)正遷宮)による古材により、末社の若宮八幡神社、愛宕神社、熊野神社が造営された。(『山形県神社誌』ほか)
+
本殿は、右宮鳥海神社本殿と左宮月山神社から構成されている。右宮本殿は、1800年(寛政12年)の造営で、左宮本殿は1801年(享和1年)の造営である(山形市指定有形文化財「鳥海月山両所宮本殿」)。かつては本殿と同列に摂社[[山形・城輪神社]]が祀られていた。城輪神社は、城輪柵の鎮守の出羽国二宮の[[城輪神社]](県社)よりの分霊だろうか。1926年(昭和1年)、城輪神社は本社拝殿造営のため、現在地に遷座した。城輪神社社殿は桃山時代の造営という。また[[伊勢神宮]]第60回式年遷宮(1973年(昭和48年)正遷宮)による古材により、末社の若宮八幡神社、愛宕神社、熊野神社が造営された。(『山形県神社誌』ほか)
-
 
+
 +
<gallery widths="300" heights="300" perrow="3">
 +
file:鳥海月山両所宮-01.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-02.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-03.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-04.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-05.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-06.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-07.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-08.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-09.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-10.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-11.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-12.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-13.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-14.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-15.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-16.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-17.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-18.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-19.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-20.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-21.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-22.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-23.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-24.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-25.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-26.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-27.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-28.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-29.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-30.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-31.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-32.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-33.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-34.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-35.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-36.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-37.jpg|
 +
file:鳥海月山両所宮-38.jpg|
 +
</gallery>
[[category:山形県]]
[[category:山形県]]

2024年7月20日 (土) 時点における最新版

鳥海月山両所宮(ちょうかい・がっさん・りょうしょ・ぐう)は、山形県山形市宮町にある、鳥海山信仰出羽三山信仰の神社。祭神は稲倉魂命・月夜見命(『山形県神社誌』13)。県社別表神社

歴史

社伝によると、前九年の役で源頼義・源義家が陸奥平定に向かったとき、吹浦両所宮(鳥海山大物忌神社吹浦里宮)に戦勝を祈願した。1063年(康平6年)、凱旋のときに当地に分霊したという。「吉次の宮」。源義経が社殿等造営。北条氏も庇護した。1591年(天正19年)、山形城主最上義光が最上家の祈願所とし、真言宗成就院を移転させて別当とした。1595年(文禄4年)、1150石を寄進。1600年(慶長5年)に本殿造営。1648年(慶安1年)、幕府より朱印地689石寄進。1800年(寛政12年)に本殿造営。神仏分離により成就院は廃絶した。1873年(明治6年)郷社、1879年(明治12年)に県社となった。1961年(昭和36年)7月1日、別表神社となった。

本殿は、右宮鳥海神社本殿と左宮月山神社から構成されている。右宮本殿は、1800年(寛政12年)の造営で、左宮本殿は1801年(享和1年)の造営である(山形市指定有形文化財「鳥海月山両所宮本殿」)。かつては本殿と同列に摂社山形・城輪神社が祀られていた。城輪神社は、城輪柵の鎮守の出羽国二宮の城輪神社(県社)よりの分霊だろうか。1926年(昭和1年)、城輪神社は本社拝殿造営のため、現在地に遷座した。城輪神社社殿は桃山時代の造営という。また伊勢神宮第60回式年遷宮(1973年(昭和48年)正遷宮)による古材により、末社の若宮八幡神社、愛宕神社、熊野神社が造営された。(『山形県神社誌』ほか)

https://shinden.boo.jp/wiki/%E9%B3%A5%E6%B5%B7%E6%9C%88%E5%B1%B1%E4%B8%A1%E6%89%80%E5%AE%AE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール