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船岡山官軍墓地
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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*1868年(明治1年)閏4月27日:征討軍、小千谷に駐屯。 | *1868年(明治1年)閏4月27日:征討軍、小千谷に駐屯。 | ||
*1868年(明治1年)5月13日:長岡城落城。 | *1868年(明治1年)5月13日:長岡城落城。 | ||
| - | *1870年(明治3年) | + | *1870年(明治3年):山口藩御用達の井口喜代助が船岡山改葬を発起。許可を得て私費を投じて起工。[https://dl.ndl.go.jp/pid/9522783/1/220] |
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*1871年(明治4年)10月:移転完了。 | *1871年(明治4年)10月:移転完了。 | ||
*1881年(明治14年):山県有朋、北陸巡視の途中に小千谷に来訪。時山直八顕彰碑建立を企画。 | *1881年(明治14年):山県有朋、北陸巡視の途中に小千谷に来訪。時山直八顕彰碑建立を企画。 | ||
2024年5月26日 (日) 時点における版
船岡山官軍墓地は新潟県小千谷市船岡にある官軍墓地。戊辰戦争の官軍戦没者を葬る。官修墳墓と思われる。船岡公園の山上にある。慈眼寺の近くにある。「時山直八君之碑」がある。船岡山西軍墓地、船岡公園西軍墓地。現在は小千谷市が管理しているという[1]。新潟県の官祭招魂社と官修墳墓も参照。
歴史
- 1868年(明治1年)閏4月27日:征討軍、小千谷に駐屯。
- 1868年(明治1年)5月13日:長岡城落城。
- 1870年(明治3年):山口藩御用達の井口喜代助が船岡山改葬を発起。許可を得て私費を投じて起工。[2]
- 1871年(明治4年)10月:移転完了。
- 1881年(明治14年):山県有朋、北陸巡視の途中に小千谷に来訪。時山直八顕彰碑建立を企画。
- 1884年(明治17年):時山直八顕彰碑建立。
- 1897年(明治30年)5月:30年慰霊祭。近隣の墓碑の改葬の議が起こる。
- 1899年(明治32年):改葬を出願。
- 1908年(明治41年)3月:285円の補助の指令。
- 1908年(明治41年)4月20日:近隣の墓所からの改葬を着工。
- 1908年(明治41年)5月30日:完工