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白河天皇火葬塚
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年12月29日 (月)
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京都府京都市北区衣笠西馬場町にある[[白河天皇]]の[[火葬塚]]。すぐ南には[[後朱雀天皇火葬塚]]がある。 | 京都府京都市北区衣笠西馬場町にある[[白河天皇]]の[[火葬塚]]。すぐ南には[[後朱雀天皇火葬塚]]がある。 | ||
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半世紀を超えて実権を握った白河法皇は1129年7月6日、突然病に倒れ、翌7月7日に崩御した。7月15日、衣笠山の東麓で火葬したがそれが現在の火葬塚の地だとされる。 | 半世紀を超えて実権を握った白河法皇は1129年7月6日、突然病に倒れ、翌7月7日に崩御した。7月15日、衣笠山の東麓で火葬したがそれが現在の火葬塚の地だとされる。 | ||
2025年12月29日 (月) 時点における最新版
京都府京都市北区衣笠西馬場町にある白河天皇の火葬塚。すぐ南には後朱雀天皇火葬塚がある。 白河天皇陵は鳥羽離宮の一画にある。古代の葬送地蓮台野にも近い。
半世紀を超えて実権を握った白河法皇は1129年7月6日、突然病に倒れ、翌7月7日に崩御した。7月15日、衣笠山の東麓で火葬したがそれが現在の火葬塚の地だとされる。 白河院は既に寿陵として鳥羽に三重塔を建てており、そこに葬るように遺詔を残していたが、方角の吉凶が良くなるまでの間、遺骨は近くの香隆寺に奉安された。陵墓となる三重塔を含んだ京都・成菩提院が落慶した翌日の1131年7月9日に香隆寺から三重塔に遺骨を移し埋納した。