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岩川官軍墓地
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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'''岩川官軍墓地'''は、鹿児島県曽於市大隅町岩川にある西南戦争の政府軍戦没者74柱を葬る[[官修墳墓]]。広島鎮台第十一連隊の山形照方大尉をはじめ、1877年(明治10年)7月1日から23日にかけての百引・岩川・大崎方面の戦死者、都城病院、鹿屋病院の死亡者など将校3人、下士官8人、兵卒44人、馭卒9人、軍夫7人、看護卒1人、不明2人が眠る。'''曽於官軍墓地'''。(高野和人編1990『靖國神社忠魂史 西南の役』青潮社) | '''岩川官軍墓地'''は、鹿児島県曽於市大隅町岩川にある西南戦争の政府軍戦没者74柱を葬る[[官修墳墓]]。広島鎮台第十一連隊の山形照方大尉をはじめ、1877年(明治10年)7月1日から23日にかけての百引・岩川・大崎方面の戦死者、都城病院、鹿屋病院の死亡者など将校3人、下士官8人、兵卒44人、馭卒9人、軍夫7人、看護卒1人、不明2人が眠る。'''曽於官軍墓地'''。(高野和人編1990『靖國神社忠魂史 西南の役』青潮社) | ||
| + | [[鹿児島藩の官祭招魂社と官修墳墓]]も参照。 | ||
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2024年7月21日 (日) 時点における版
岩川官軍墓地は、鹿児島県曽於市大隅町岩川にある西南戦争の政府軍戦没者74柱を葬る官修墳墓。広島鎮台第十一連隊の山形照方大尉をはじめ、1877年(明治10年)7月1日から23日にかけての百引・岩川・大崎方面の戦死者、都城病院、鹿屋病院の死亡者など将校3人、下士官8人、兵卒44人、馭卒9人、軍夫7人、看護卒1人、不明2人が眠る。曽於官軍墓地。(高野和人編1990『靖國神社忠魂史 西南の役』青潮社) 鹿児島藩の官祭招魂社と官修墳墓も参照。