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壱岐神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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'''壱岐神社'''は、長崎県壱岐市にある[[亀山天皇]]・[[後宇多天皇]]・戦没者などを祀る[[霊社]]・[[招魂社]]。'''壱岐護国神社'''とも称す。
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'''壱岐神社'''は、長崎県壱岐市芦辺町瀬戸浦にある[[亀山天皇]]・[[後宇多天皇]]・戦没者などを祀る[[霊社]]・[[招魂社]]。'''壱岐護国神社'''とも称す。
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==祭神==
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*亀山天皇
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*後宇多天皇
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*小弐資時以下麾下将士
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*壱岐郡内護国英霊
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==歴史==
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*1904年(明治37年)2月3日:明治天皇、記念碑建設のため50円下賜[https://dl.ndl.go.jp/pid/1096892/1/17]。
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*1921年(大正10年):記念碑建立[https://dl.ndl.go.jp/pid/1096892/1/17]。銘文は1900年(明治33年)3月
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*1928年(昭和3年)9月3日:後藤謙太郎ほか1066人、少弐資時を祀る壱岐神社創建を請願[https://dl.ndl.go.jp/pid/12157966/1/21]
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*1932年(昭和7年)1月9日:壱岐神社創立許可[https://dl.ndl.go.jp/pid/12157966/1/20][https://www.digital.archives.go.jp/img/2454072]。県社列格が内定していたという[https://dl.ndl.go.jp/pid/12157966/1/21]。予算10万9000円。1657坪。
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*1933年(昭和8年)3月25日:後藤謙太郎ほか366人請願。造営への国費支出を請願を衆議院で採択[https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/#/detail?minId=006413242X03119330325&current=1][https://www.digital.archives.go.jp/img/2454072]。
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*1933年(昭和8年)7月1日:内務省から内閣へ、造営に国費支出はできないとの回[https://www.digital.archives.go.jp/img/2454072]。
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*1933年(昭和8年)5月21日:地鎮祭[https://dl.ndl.go.jp/pid/12157966/1/20]
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*1944年(昭和19年):竣工するも鎮座せず。
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*1948年(昭和23年)11月3日:亀山天皇、後宇多天皇、小弐資時を鎮祭
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*1952年(昭和27年):戦没者を合祀
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*1953年(昭和28年):掌典職掌典長甘露寺受長が幣帛料を奉納。
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*1955年(昭和30年):靖国神社から奉幣
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*1956年(昭和31年)11月8日:靖国神社の「分霊」を奉遷。
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*1956年(昭和31年)3月26日:献饌講を結成。伊勢神宮から稲種を授与される。
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*1974年(昭和49年)11月:社殿造営。遷座祭。
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*1978年(昭和53年)4月21日:「孤島の丘」碑を建立。
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*2001年(平成13年)5月20日:少弐資時銅像を建立。
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*(壱岐神社ウェブサイト[http://www.ikiweb.com/ikijinjya/map.html][https://web.archive.org/web/20040825003950/http://www.ikiweb.com/ikijinjya/map.html])
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==境内・関連旧跡==
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*本社
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*少弐資時銅像
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*[[少弐資時墓]]
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==資料==
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*1984『明治維新神道百年史2』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12265695/1/48]
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*1977『全国神社名鑑・下』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12261888/1/291]
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*松永安左エ門1933『玄界の濤に洗はれて』「元寇と護国の鬼小弐資時・壱岐神社」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1106540/1/81]
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*少弐資時君墓表碑銘[https://dl.ndl.go.jp/pid/9770378/1/76]
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*1963『神社名鑑』[https://dl.ndl.go.jp/pid/2997363/1/446]
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[[Category:長崎県]]
[[Category:長崎県]]

2024年9月27日 (金) 時点における版

壱岐神社は、長崎県壱岐市芦辺町瀬戸浦にある亀山天皇後宇多天皇・戦没者などを祀る霊社招魂社壱岐護国神社とも称す。

目次

祭神

  • 亀山天皇
  • 後宇多天皇
  • 小弐資時以下麾下将士
  • 壱岐郡内護国英霊

歴史

  • 1904年(明治37年)2月3日:明治天皇、記念碑建設のため50円下賜[1]
  • 1921年(大正10年):記念碑建立[2]。銘文は1900年(明治33年)3月
  • 1928年(昭和3年)9月3日:後藤謙太郎ほか1066人、少弐資時を祀る壱岐神社創建を請願[3]
  • 1932年(昭和7年)1月9日:壱岐神社創立許可[4][5]。県社列格が内定していたという[6]。予算10万9000円。1657坪。
  • 1933年(昭和8年)3月25日:後藤謙太郎ほか366人請願。造営への国費支出を請願を衆議院で採択[7][8]
  • 1933年(昭和8年)7月1日:内務省から内閣へ、造営に国費支出はできないとの回[9]
  • 1933年(昭和8年)5月21日:地鎮祭[10]
  • 1944年(昭和19年):竣工するも鎮座せず。
  • 1948年(昭和23年)11月3日:亀山天皇、後宇多天皇、小弐資時を鎮祭
  • 1952年(昭和27年):戦没者を合祀
  • 1953年(昭和28年):掌典職掌典長甘露寺受長が幣帛料を奉納。
  • 1955年(昭和30年):靖国神社から奉幣
  • 1956年(昭和31年)11月8日:靖国神社の「分霊」を奉遷。
  • 1956年(昭和31年)3月26日:献饌講を結成。伊勢神宮から稲種を授与される。
  • 1974年(昭和49年)11月:社殿造営。遷座祭。
  • 1978年(昭和53年)4月21日:「孤島の丘」碑を建立。
  • 2001年(平成13年)5月20日:少弐資時銅像を建立。
  • (壱岐神社ウェブサイト[11][12]

境内・関連旧跡

資料

  • 1984『明治維新神道百年史2』[13]
  • 1977『全国神社名鑑・下』[14]
  • 松永安左エ門1933『玄界の濤に洗はれて』「元寇と護国の鬼小弐資時・壱岐神社」[15]
  • 少弐資時君墓表碑銘[16]
  • 1963『神社名鑑』[17]
https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A3%B1%E5%B2%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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