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大和・高安寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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(ページの作成:「'''高安寺'''(たかやすでら)は奈良県生駒郡安堵町西安堵(大和国平群郡)にあった寺院。中世の名称は'''常楽寺'''。廃絶。(...」)
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2021年9月19日 (日) 時点における版
高安寺(たかやすでら)は奈良県生駒郡安堵町西安堵(大和国平群郡)にあった寺院。中世の名称は常楽寺。廃絶。(参考:同名寺院高安寺)
聖徳太子の創建という。中世には常楽寺と称し、常楽寺市という市場が栄えた。 明治初年、高安寺の所属について西安堵村(安堵町西安堵)と高安村(斑鳩町高安)が争論となった。結果、土地は西安堵村のものとなり、建物・仏像・什物などは高安村のものになった。
そのため、大日堂や十一面観音、聖観音、薬師如来、大日如来などの古仏が高安の天満宮に移され、のち仏像は高安の勝林寺(融通念仏宗)に移された。大日堂は廃絶したようだ。