|
ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
河東操練場
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
(版間での差分)
| 1行: | 1行: | ||
| + | [[file:鴨川・荒神橋-06.jpg|thumb|500px|牧畜場記念碑]] | ||
'''河東操練場'''は京都府京都市左京区吉田阿達町周辺にあった練兵場。[[招魂祭]]や[[楠公祭]]などの祭典が行われ、[[靖国神社]]や[[湊川神社]]や[[鎌倉宮]]創建につながった。河東練兵場。[[聖護院]]の寺領だった。跡地は牧畜場となり、京都大学稲盛財団記念館に牧畜場記念碑がある。 | '''河東操練場'''は京都府京都市左京区吉田阿達町周辺にあった練兵場。[[招魂祭]]や[[楠公祭]]などの祭典が行われ、[[靖国神社]]や[[湊川神社]]や[[鎌倉宮]]創建につながった。河東練兵場。[[聖護院]]の寺領だった。跡地は牧畜場となり、京都大学稲盛財団記念館に牧畜場記念碑がある。 | ||
==歴史== | ==歴史== | ||
| 10行: | 11行: | ||
==招魂祭== | ==招魂祭== | ||
1868年(明治1年)7月10日・11日の招魂祭の祭神一覧[https://dl.ndl.go.jp/pid/1148312/1/342] | 1868年(明治1年)7月10日・11日の招魂祭の祭神一覧[https://dl.ndl.go.jp/pid/1148312/1/342] | ||
| - | + | <gallery widths="300" heights="300" perrow="3"> | |
| + | file:鴨川・荒神橋-01.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-02.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-03.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-04.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-05.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-06.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-07.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-08.jpg| | ||
| + | file:鴨川・荒神橋-09.jpg| | ||
| + | </gallery> | ||
[[Category:京都府]] | [[Category:京都府]] | ||
2024年10月16日 (水) 時点における版
河東操練場は京都府京都市左京区吉田阿達町周辺にあった練兵場。招魂祭や楠公祭などの祭典が行われ、靖国神社や湊川神社や鎌倉宮創建につながった。河東練兵場。聖護院の寺領だった。跡地は牧畜場となり、京都大学稲盛財団記念館に牧畜場記念碑がある。
歴史
- 1868年(明治1年)5月23日:25日に河東操練場で楠公祭を行うことを布告。(「第408」)
- 1868年(明治1年)5月25日:楠木正成の霊を河東操練場に祭る(『招魂社成立史の研究』)
- 1868年(明治1年)7月6日:10-11日に河東操練場で招魂祭を行うことを達す。(『靖国神社誌』・「東京招魂社に就いて1」では7日。「被仰出第536」)
- 1868年(明治1年)7月10-11日:河東操練場で招魂祭。374人の霊を祀る(『靖国神社略年表』)
- 1868年(明治1年)7月20日:23日に河東操練場で、護良親王祭を行うことを布告(「御布告第571」)
- 1868年(明治1年)7月23日:河東操練場で、護良親王祭
招魂祭
1868年(明治1年)7月10日・11日の招魂祭の祭神一覧[1]