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河東操練場
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年10月16日 (水)
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1868年(明治1年)7月10日・11日の招魂祭の祭神一覧[https://dl.ndl.go.jp/pid/1148312/1/342] | 1868年(明治1年)7月10日・11日の招魂祭の祭神一覧[https://dl.ndl.go.jp/pid/1148312/1/342] | ||
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| - | file:鴨川・荒神橋-01.jpg| | + | file:鴨川・荒神橋-01.jpg|荒神橋から京都大学稲盛財団記念館方面 |
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2024年10月16日 (水) 時点における最新版
河東操練場は京都府京都市左京区吉田阿達町周辺にあった練兵場。招魂祭や楠公祭などの祭典が行われ、靖国神社や湊川神社や鎌倉宮創建につながった。河東練兵場。聖護院の寺領だった。跡地は牧畜場となり、京都大学稲盛財団記念館に牧畜場記念碑がある。
歴史
- 1868年(明治1年)5月23日:25日に河東操練場で楠公祭を行うことを布告。(「第408」)
- 1868年(明治1年)5月25日:楠木正成の霊を河東操練場に祭る(『招魂社成立史の研究』)
- 1868年(明治1年)7月6日:10-11日に河東操練場で招魂祭を行うことを達す。(『靖国神社誌』・「東京招魂社に就いて1」では7日。「被仰出第536」)
- 1868年(明治1年)7月10-11日:河東操練場で招魂祭。374人の霊を祀る(『靖国神社略年表』)
- 1868年(明治1年)7月20日:23日に河東操練場で、護良親王祭を行うことを布告(「御布告第571」)
- 1868年(明治1年)7月23日:河東操練場で、護良親王祭
招魂祭
1868年(明治1年)7月10日・11日の招魂祭の祭神一覧[1]